ハルの心配事
ハルが、「おとーさん、あれがラーザの街なの?」と、遠く見える街並みを指差して言った。
「ああ、そうだな」
「おかーさんに会えるかなぁ」
俺はハルの肩を抱き寄せて、
「会えるといいな!」
とだけ言った。
あまり期待するなよ、と言おうかと思ったが、案外あっさり見つかるかもな、とも思う。ナナミに会えたらまず何と言おうとか、会えなかったら、ハルを何と言って慰めようかとか。
つまりは俺に、色々余裕がないって事だ。
ロレン店長に聞いたら、ラーザの街まであと3日くらいだと言う。あと3日も、こんなモヤモヤした気持ちでいなければならないのか。
仕事がある事は有り難かった。やらなければならない事に集中していれば、気が紛れる。少しはな。
俺はアホみたいに筋トレをして、わき腹が攣り悶え苦しみ、クッソ手の込んだ料理を作って、ロレン店長に材料を使い過ぎだと怒られ、ハルに話しかけられても気づかないほど、のめり込んで絵を描いた。
挙動不審にもほどがある。
次の日は色々反省して、一日中ハルと折り紙を折って過ごした。ロレン店長にメシを作れと怒られた。
ますます挙動不審だった。
そうしていよいよ、明日はラーザの街という夜。2日間の寝不足が祟って、晩メシを作り終えると、俺は倒れるように眠り込んだ。
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挿話
ハザン隊長の杞憂
「ごめん、手伝い、ハザン」
ハルが済まなそうに言う。
ヒロトがぶっ倒れるように寝ちまったので、俺とハルで晩メシの後片付けをしていた。
「なあハル、お前のとーちゃん、どーしちゃったんだ?」
ハルとヒロトは嫁さんを探して、遠い異国から旅をして来たと言う。その割には旅慣れていないし、子供でも知っている常識に疎いくせに、妙な事に詳しい。異国人というだけでは、説明がつかない事が多々あった。
俺は最初、苦労知らずのボンボンが、何かから逃げているのかと思った。ヒロトは明らかに何か隠している。
悪人にしては間が抜けているし、隙があり過ぎる。しかも弱い。あれで弱い振りをしているのなら、大した役者だと思う。
「おとーさんは、おかーさんがだいすき」
考え込んでいたハルが言った。俺の質問に答えているのか?
「ラーザ、おかーさん、いない、どうする? おとーさん」
うーん、嫁さんに会えなかった時の事を考えて、あんな挙動不審になってるって事か? いい歳をしたおっさんが? 2人も子供作った嫁さんに対して?
初恋にとち狂ったガキじゃあるまいし。
俺がついプッと吹き出してしまうと、ハルが少しムッとして、
「おかーさんの事がだいすきなおとーさんが、ぼくはだいすき」
と、やけにハッキリと発音した。
すまんすまんと帽子あたまを撫でるとハルは、
「しんぱい」と、ポツリと言った。
全く、子供にこんな心配かけてんじゃねぇよ! しょうがねぇ父ちゃんだな。
明日嫁さんに会えなかったら、酒でも奢ってやるか! ついでに隠し事も聞き出してやる!
俺はどうやら、自分で思っていたより、こいつら親子の事を気に入っているらしい。何か事情があるなら、助けてやりたいと思う程度には。
俺はもう一度、ハル頭を帽子の上から撫でた。そして、鍋の底をゴシゴシと擦りながら思った。
それにしてもハルは可愛い、と。




