谷越え ②
下は見ない方が良いな。風の音が「ヒュゴー」とか聞こえるし、風圧で服がバタバタはためいている。俺決めた! この旅から帰ったら、俺は橋作りの職人になる! そんで、地球の知識チートで立派な吊り橋を作るんだ! こんなアホみたいな乗り物は、世界から根絶してやるぞー!
最後の方の心の叫びはどうやら声に出ていたようで、俺の「世界から根絶してやるぞー!」という魔王のような宣言が、谷にこだまし山びことなって響いた。
谷の反対側へと到着したブランコは、先に渡っていたロレン店長とアンガーさんに受け止められ、勢いを殺してようやく止まった。
拘束を解いてもらい、俺はハルを抱えたまま、なるべく谷底が見えない場所へとフラフラ移動した。ドスンと腰を下ろし、ハルの目隠しを外してやった。
「ヒャッハー!」と叫び声が聞こえたので顔を上げると、ハザン隊長が、崖際へ辿り着くタイミングでブランコから飛び降り、ゴロゴロと転がって勢いを殺していた。ブランコはしばらく滑ってから止まり、大きく振り子のように揺れている。
今度寝ている間に、モヒカンにしてやろうと心に決める。いや、普通に似合いそうだし、喜びそうだから止めだ。
馬や馬車はいったいどうするのだろうと思っていると、崖の向こうから、
「馬が行くぞー!」とトプルさんの叫び声が聞こえた。ロレン店長たちは大きな布を広げて「準備できたぞー!」と叫ぶ。あの布で受け止めるのか!
馬は太い革のベルトで腹を固定され、吊り下げられている。馬の革ブランコには太いロープが取り付けてあり、崖の向こうの2人が勢いが出過ぎないように調節しているらしい。目隠しされた馬は、意外にも暴れずに、足をブラーンとさせて大人しくしている。
大きな布を持って待機するのは、万が一に備えての事なのだろう。馬はゆっくりと時間をかけて谷を渡り、革ブランコから解放されて、ブルルルッっと首を振った。
「ヒロト、馬を頼みます」
俺は馬を連れて井戸まで行き、水を汲んで飲ませてやる。「お互い大変だったな」と首をポンポンすると、
「今水飲んでんだから、邪魔しないでよ」とでも言いたそうに、蹄を鳴らされた。
馬6頭が渡りきるのに、1時間以上かかっただろう。難所と呼ばれるだけの事はある。まだ馬車が3台残っているのだ。
馬車はワイヤーを3本使い、何本もの太い革ベルトとワイヤーで固定され、ゆっくりと慎重に渡される。こちら側の崖で待ち構える人も、突発的な事態に備える為に気が抜けないのだろう。ジリジリと根比べするように時間が過ぎてゆく。
今日はみんなに、精のつく物を食べさせてやろう。あちら側の崖で、スピード調節の為におそらくロープを握りっ放しのトプルさんとガンザールさんには、疲れの取れるオオバコの湿布を貼ってやろう。
俺はずいぶんと思考がオカン化している事に苦笑が浮かんだが、このキャラバンのメンバーに愛着が湧いているのも感じた。うん、悪くない気分だな。
最後の馬車が谷を渡りきった時、誰彼ともなく、勝鬨にも似た歓声が上がった。
うん、とても、悪くない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日のメニュー
朝 昨夜の残りのミネストローネ、薄いパン、ピクルス
昼 チーズとウインナー、葉野菜を挟んだホットサンド風の薄いパン、甘いお茶
夜 山鳥のバンバンジー、にんにくたっぷりのペペロンチーノ、ソーセージとキノコのスープ
キノコはアンガーさんと狩りには行った。ちょっと心配だったので、以前図書館で撮っておいた図鑑で調べた。大丈夫だった。
ピクルスは随時補充している。ハルは浅い方が美味しいと言い、ヤーモさんは漬かり過ぎくらいの酸っぱいやつが気に入ったみたいだ。




