谷越え①
シュメリルールを出発して、今日で10日目。ドルンゾ山に入ってから5日目の朝だ。天気はまずまずと言ったところだろう。多少風がある。早めに朝メシを済ませ、日の出を待っての出発となった。なるべく距離を稼いで、夕方までに谷を越えてしまおうという事らしい。
「谷、越える、橋、どんなの?」という俺の質問に、なぜか誰も答えてくれない。ガンザールさんは、
「うん、アレなー。俺も嫌なんだよ」と顔を顰めた。
谷越えと言えば吊り橋だろうか。うん、アレは確かに嫌だな。股間がヒュッとなるよな。
ハザン隊長は、
「ハルはまあ、いざとなったら、ふん縛って担いじまえばいいか‥‥」と、ブツブツ言っていた。
縛るとか、担ぐとか、荷物の話か?
その日の午後、馬車は渓谷のたもとへと到着した。
そこに吊り橋はなかった。
あるのは何本も渓谷を渡るワイヤー ロープ。そしてワイヤー ロープに取り付けられた滑車と、滑車から釣り下がったブランコのような椅子。
コレ?このブランコみたいのに乗って、シャーって滑空して渡るとか、そーゆーの?
俺帰っていいかな、今すぐ。俺日本に帰る!
俺がギギギっと音がしそうな感じで振り向くと、ハルがハザン隊長に目隠しされて、ジタバタと暴れていた。
ハルの頭に、あっという間に、ぐるぐるとタオルが巻かれていく。
「ヒロト、ハルには見せない方がいい!ハルと一緒に、さっさと乗れ!」
ちょっと待ってとか、心の準備がとか、安全性について説明して、とか。そんな事言う暇もなく俺とハルはブランコに乗せられ、固定のためのベルトとワイヤーで、身動きが取れなくなった。
ハルは訳がわからず、俺にしがみついている。
「ハル、大丈夫だ! お父さんも一緒だ! 今から谷を渡る。ジェットコースターだと思っとけ!」と言って、ギュッと抱き締める。
ハルは人形っぽくカクカクと頷いた。
「よし! 行け!」
ハザン隊長の掛け声と共に、俺たちの乗ったブランコは勢いよく滑り出した。
たぶん、チビるな!




