ホットケーキと釣り ②
「釣りがしたかったんですか?だったら言って下さい。食べ物で釣られたりしませんよ」
ロレン店長に説教された。
「ロレン、怒ってる? ダメか?」と首を傾げて聞いたら、
「おっさんがそんな可愛く言っても、ダメです」と言われた。
俺の場合、異世界語の語彙が少ないから、身振りで補っているんだが。
ヤーモさんの垂れ耳が、さらにへにょっとなってる。
「釣りはダメではないですよ。天気も回復したし、私も釣りは好きなんです。日程的にも問題ありません」
あー、長文だな。ロレン店長も釣りが好き、はわかった。釣りがダメじゃないって事は、俺がダメなのか!
「息抜きも必要ですし、湖に着いたら休憩にしましょう」
「イカムキ?」
「息抜き、気分を変えて楽しくする事ですよ」
なるほど。「身分、変えて、楽しくなる」と復唱すると、
「身分は変えないで下さい」と笑われた。
とにかく釣りの許可が下りて良かった。昼休憩を終え出発する時、アンガーさんが、
「ゆっくり釣りしたかったら、湖までキリキリ進みましょうね」と、プレッシャーをかけられていた。
そういえば、ロレン店長は店長ではない事が判明した。もともと最初に会った時、店で1番偉い人っぽいなと、俺が勝手に呼んでいただけだ。何者かと言うと、大きな商会の跡取り息子だそうだ。もっと偉い人だった。
まあ、俺の心の中ではこれからもロレン店長と呼んでしまいそうではあるが。
2、3時間馬車を走らせると、葦のような背の高い草に覆われた、湖が見えてきた。
一気に視界が開け、連なる山々が湖の向こうに見える。空が低く雲が近い!湖に飛ぶように流れる雲がくっきりと映り、反射した太陽の光りに目が眩む。
目を見張るような壮大な景色に言葉を失う。この世界は、なんと美しいのだろう。地球が便利さと引き換えに失ってしまった物は、途轍もなく大きく、取り返しがつかない。
ハルが、「おとーさん、すごくきれいな湖だね!神さまが作ったみたいだ!」と言った。
一種の恐れすら抱かせる、静謐が辺りを支配している。ハルが神聖な気配を感じても無理はない。
そんな俺とハルの感動をぶち壊すように、釣り竿を担いだハザン隊長が、
「ヒャッハー!」と叫んで、馬車から飛び降り走っていく。やはり世紀末の住人らしい。
おい!あんたさっきハルに釣り教えてくれるって、約束してたろ!
俺は馬の世話を終えると、夕方まで絵を描く事にした。ロレンの若旦那にその旨を伝え、馬車の幌に登る。ハルは、約束を思い出したハザン隊長と、嬉しそうに走って行った。どうやら食える魚が釣れるらしいので、晩メシはみんなの釣果で賄えると良いなと思う。
そろそろ色鉛筆がチビて来た。シュメリルールの街で油絵具は売っていたが、俺は絵筆を使うのが苦手だ。何か代わりになる物を考えなくては。
俺は、この景色が夕焼けに染まったら、また素晴らしく見応えがあるだろうなと思いながら、目の前の風景をスケッチブックに切り取る作業に没頭した。
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今日のメニュー
朝 山鳥と里芋っぽい芋入りの雑炊
昼 ホットケーキ
夜 鱒っぽい魚の塩焼き(豪快に串刺し)、焼きおにぎり、ピクルス




