山猫
動物を殺す描写や、出血シーンがあります。
山に入った初日、特に問題もなく晩メシや後片付けを済ませ、俺とハルは早々に寝袋に入った。今夜から夜番は2人体制にするそうだ。ボソボソと話す声や、小さく笑う声が聞こえる。
随分と冷え込んできたので、厚手のシャツを着込み、靴下も履いたまま寝る事にした。
フクロウやケケケケと鳴く夜鳴き鳥の声が、あちこちから聞こえる、意外なほど穏やかな夜が更けていく。
と、思っていた。
「山猫だ! 2、3匹いるぞ!!」
ヤーモさんの叫び声と争う音が聞こえ、馬車から人が飛び出していく。俺はガバッと飛び起きようとして、寝袋の中だという事を思い出す。ハルに寝袋から出ないよう言ってから、馬車の幌からそっと顔を出してみる。
暗くて良く見えないが、「ウァーオーン」というネコ科の動物の、威嚇の鳴き声が複数聞こえてくる。暗闇から躍り出た、しなやかなその獣は山猫という可愛い名前とは、不釣り合いなほど大きかった。
ライオンくらいデカイじゃねぇか! あんなのと戦うのか?!
「おとーさん、おとーさん」と不安そうなハルに、
「顔出すなよ、寝袋の中もぐってろ」
と、枕元のスリングを握る。
2匹の山猫が唸りながら、円を描くようにトプルさんとヤーモさんの周りをゆっくりと歩いている。隣の馬車の上の方からガンザールさんの矢が飛んでいく。どうやら馬車の幌の上から射っているらしい。
背後の暗闇から、黒い影がトプルさんに飛びかかる。ヤーモさんが剣を振り下ろし、退ける。ガンザールさんの矢が、追い討ちをかける。ハザン隊長とアンガーさんが走ってきて合流した。ハザン隊長は十文字槍を持っている。アンガーさんは長い鉤爪を両手に握り込んでいる。アレで戦うのかよ!
ハザン隊長が腰を低くして構え、飛びかかってきた山猫の首を十文字槍の横の刃で切りつける。返す刃でもう片方の頭を刺し貫く。ハザン隊長すげぇ強い!
血飛沫が吹き出したり、首がブランとした山猫が倒れたり、スプラッタな光景が焚火の炎に浮かび上がる。
1番前の馬車から、矢を射る音が連続して聞こえ、暗闇の中で獣の悲鳴が上がる。ロレン店長が矢を射っているのか?さすが猫目の暗視能力は高性能だな!
アンガーさんが暗闇に走り込んで行く。アンガーさんも猫科の高性能な目を持っている。あちこちの暗闇からバキバキッ、とかズシャ! とか、物騒な音がする。あの鉤爪で山猫と戦っているのだろうか。
しばらくすると、ハザン隊長が呼びに来た。
「ヒロト、起きてるんだろう? だいたいやっつけたと思うが、固まってた方が安全だ。しばらく焚火の側で様子を見よう」
「お、おう」
血塗れの槍と、血飛沫の飛んだ服が、カンテラの灯りに照らされる。ホラーだ。
度数の高いアルコールと清潔な布を用意してハルを呼び、馬車を降りる。トプルさんが負傷しているはずだ。俺はガクガクする足を騙しながら、ハルの肩を抱いて歩く。ハザン隊長は俺とハルの背後を守ってくれている。
ロレン店長とガンザールさんも馬車から降りてきた。2人とも弓を持ち、矢筒を背負っている。ロレン店長の後ろに撫で付けた髪の毛がパラリとひと房落ちていて、ムダなフェロモンを撒き散らしている。この場に女性は1人もいない。
山猫は仕留めたものだけで、6匹もいた。群れで狩りをするネコ科の動物は、地球ではライオンくらいだが、この世界ではそうでもないらしい。
俺がトプルさんの傷の手当てをしていると、アンガーさんが戻ってきた。
「この辺りにはもういないと思う」と言って、ドサリと両手に持った山猫の死体を置いた。
トプルさんの傷口を良く洗い、アルコールで消毒する。出血は多いが傷は深くない。軽く動かしてもらい、神経に傷がついていない事を確認する。うん、大丈夫だな。止血作用のあるヨモギを揉んで、傷口に当て布を巻く。締め付け過ぎないようギュッと縛る。ヨモギの葉はヤーモさんが随時補充してくれている。
山猫は真っ黒で美しい毛並みをしている。ハザン隊長に聞くと、毛皮は高値で取り引きされるらしい。あとでみんなで剥ぎ取るそうだ。
血の付いた服は、すぐに洗わないと落ちなくなってしまう。血塗れの奴らに服を脱ぐよう言いつけ、木桶で摘み洗いする。
なんかさー、みんなカッコ良く戦ってマッチョで強くて頼りになるわーって感じなのに、俺だけオカンみたいじゃね?
こんなじゃハルくんに「おとーさん、カッコイイ!」って言ってもらえなくなっちゃう!
俺は朝のトレーニングのメニューに、反復横跳びを加えようと、密かに心に誓った。




