ドルンゾ山への道
ハザン隊長は剣と小振りの十文字槍を使うそうだ。戦う相手や距離によって使い分ける。時には両手に持って戦ったりもするそうだ。
刃紋がどーとか、重さと重心がどーとか、槍の穂先の長さと形状についてとか。興が乗ってくると早口になるので、さっぱり付いて行けなくてなる。わからないので質問すると、質問の3倍くらいの答えが返ってくる。
たまらずスリングを渡し、持ち方と打ち方を教えてやる。豆の袋を渡すと、ご機嫌で打ちはじめ、やっと静かになった。
ハルは早々に理解する事を諦め、今は折り紙を折っている。ハルは転移の日に100円ショップで買った折り紙用紙を、それはそれは大切に使っている。
「それ歩きサボテンか? 二枚使うんだな。花の部分が立体的で、上手くできたな」
紙を折って形を作っていく、という制約の中で、表現したいものをカタチにする事は、中々難しい作業だと思う。表現したいものを、自分の中でデフォルメする力と、自分のできる折り方、もともとあるピースを擦り合わせる必要がある。
ハルは中々この手の作業が得意で、レ◯ブロックなども良く真剣に組み立てていた。芸術的センスは俺譲りだぜ! と、親バカは日本にいる頃からハルの作品を楽しみにしていたモノだ。
ひとしきりハルと日本語で話し、顔を上げるとハザン隊長は、まだ豆を打っていた。豆なくなるから、もーやめてくれ。
馬車はすでに山道に差し掛かった。道は狭くなり、馬車はスピードを落としたが、揺れは大きくなっている。この後5〜7日ほどかけて山を越えて海側へと抜ける。道はドルンゾ山のそれほどくない場所に通っているが、それでも標高が上がれば気温が下がる。野営はキツイものになりそうだ。
荒野は朝と夜の気温差が大きい。昼間は暑く25〜30度くらい。陽が沈むと急に寒くなるが、それでも10度を下まわる事は滅多になかった。ドルンゾ山の山頂付近では、夜は氷点下にもなるのだそうだ。防寒具の用意はしてきたけれど、体調管理に気をつけないといけない。
あ、涼しくなるなら牛乳は考えていたより長持ちするじゃねぇか。チッ、もっとたくさん買ってもらえば良かった。
今朝は出発が遅かったので、午前中の休憩はナシ、午後の早めに昼メシ休憩を取る。少し早いが、昼メシの下拵えをはじめるか。
昨日の夜は村長の家の台所を借りて、晩メシ作りをさせてもらった。その時、ふと思い立ってピクルス液を作って冷ましておいた。これもさゆりさん直伝で、酢に砂糖、塩、粒胡椒、唐辛子を入れてひと煮立ちさせる。大きめの瓶に入れて、しっかりと蓋を閉めてある。溢れたら悲惨な事になる。このキャラバンは鼻の良い、犬系の人が多いからな。
大人の指程度の小さな胡瓜、地球のものより柔らかくて辛い人参、少し大きめの色とりどりのパプリカ、セロリに似た香りの良い野菜の茎部分なんかを丁寧に洗い、ざっくりと切って水気を切り放り込む。また、蓋をしっかりと締める。これで明日の朝には、食べられるはずだ。
ハザン隊長がハルに折り紙を習っている。俺たちは遠い遠い異国から来た事になっているので、『故郷の習慣だ』と言えば大抵の事は納得してもらえる。遠い遠い異国というのは嘘じゃないしな。地球は遥かに遠い。どこにあるかも分からないくらいに。
人前で決して耳カバー付き帽子を脱がないのも、尻尾を出さないのも、ちょっと変わった料理を作るのも、見た事もない武器を使うのも『故郷の習慣』だ。折り紙も、故郷の子供の遊び、という事になっている。
紙ヒコーキを飛ばして、はしゃいでいるハザン隊長とハルを眺めながら、俺はじゃがいもの皮を剥く事にした。
ハル、良い友だちが出来て、良かったな!
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今日のメニュー
朝 モツと野菜の煮込みとパン(村長の奥さんの差し入れ)
昼 じゃがいもとほうれん草に似た葉野菜、ベーコン入りパンケーキ(ロレン店長がコレジャナイ的な顔をしていた)
夜 山鳥とゴロゴロ野菜のシチュー、ゆで卵と緑豆のサラダ、薄いパン(山鳥はガンザールさんがサクッと狩ってきてくれた)
足音もなく忍び寄る、暗闇から襲い来る黒い影。血飛沫舞う夜に月が映すのは悲劇か喜劇か。闇夜を見通す目を持つ人と獣の、壮絶なる夜が始まる。
次回、おとうさんと一緒〜子連れ異世界旅日記〜
第2章 48話、「山猫」
初の戦闘シーン! お楽しみに!




