ドルンゾ山脈
次の日から、本格的にキャラバンでの生活がはじまった。朝は夜明けと共に起き出し、太陽顔を出したら出発、夕焼けの頃には野営地に入り、夜を明かす。なかなか規則正しく健康的だ。食事は1日3回、午前中と午後に水場を見かけたら、馬車を止めて休憩をする。昼メシは午後の休憩の時だ。
キャラバンの生活は、馬車が走っている時と、止まってからのギャップが激しい。走っている間は、何もやる事がないのだが、止まってからは、まるで戦場のようだ。仕方ないので昼と夜のメシの下拵えは、馬車の中でやる事にした。
いつも俺とハルが乗る最後尾の馬車には、あまり御者をやりたがらないハザン隊長が、大抵一緒に乗り込んだ。わがままで大雑把だが、人望は厚いらしい。わかるような気がする。
3日目に小さな村に寄り、荷物をいくつか下ろした。ロレン店長に頼み、葉野菜を少し補充してもらった。
そんな馬車での旅に、少し慣れはじめた5日目くらいから、だんだんと景色が変わりはじめた。
所々に張り付いたように生えている、枯れた色の草が、緑色を帯びてくる。サボテンを見かけなくなってきたなと思っていたら、ポソポソと控えめに葉をつけた木が増えてくる。
気が付けば、赤茶色の地面は焦げ茶色のそれに変わっていた。そして、もりもりと葉を茂らせた木を其処此処に見る頃には、遠くに山脈が見えてきた。
あれがこの旅最大の難所、ドルンゾ山脈だ。
街道から外れるため、馬車の足も遅くなるし、野営地もない。熊や狼などの危険な獣も、荒野にいる谷狼や谷黒熊よりずっと大きいのだそうだ。しかし何よりも危険なのは、時折り被害の出る盗賊だと言う。商隊は仕入れの為に大金を持ち歩いているし、荷物も金になる。盗賊にとっては良い獲物なのだろう。1番怖いのは人間だというのは、異世界も変わらないらしい。
山の麓まであと1日くらいの距離。
今日は少し無理してでも距離を稼ぎ、夕方までに麓にある村へとたどり着く。その村で一泊させてもらって、明日の朝から山へと入る予定だ。
結局、日が沈むギリギリに、なんとか村へと辿り着いた。
馬の世話をしようとして近づくと、御者をしていたトプルさんが、「無理させちまってすまなかったな」と、馬の首を撫でながら言っていた。
「馬の心、わかるのか?」と、つい聞いてみた。まさかとは思いつつ、異世界ならそういう事もあるかも知れない。
トプルさんは、「長い付き合いだし、なんとなくはわかるよ」と笑った。
普通だった。まぁ、そうだよな。
あたりはもう真っ暗だったので、カンテラをと木桶を持って井戸へと向かうと、ロレン店長が、村長だと云う男の人と話していた。地図を広げて、深刻な表情だ。
ふし
早口で話してたいたので、俺にはほとんど聞き取れなかったが、『手負い』とか『危険』とかいった、不穏な単語が耳についた。




