初野営 後編
俺とハルが遅れて晩メシを食べていると、猫耳店長がやってきた。
「美味しかったです。なかなかの腕前ですね。うちの専属になりませんか?」と、言った。
知らない単語がいくつかあったのと、丁寧な話し方につい、
「お世話になります」
と言った。そうしたらハルが、
「おとーさん!たぶん、ずっとうちで働いてごはん係をやって下さいって言ってるよ!そんな返事しちゃダメだよ!」
と言って、慌ててさゆりさんの単語帳を捲った。
あー、俺の知ってる丁寧な言い方って、
『お世話になります』と、『行方不明の妻を探しています』だけだからさ。
ハルが、
「行方不明のツマを探してイマス。ずっとはムリ」
と言った。おい! 俺の妻だろ! 母だ、母!
ハルは顔を赤くして「オカーサン」と、言った。
ネコ耳店長は、
「ああ、そうでしたね」と言ったが、ちょっと肩が震えている。あの、笑うの、我慢してますよね?
「何か手がかりはあるのですか?えっと『情報、ヒント』」
「教会、海、街」
「海辺の街の教会ですか。うむ、なるほど」
しばらく考え込んでから、
「わかりました。ラーザにお母さんが、いると良いですね」と、去って行った。
このキャラバンのメンバーは全部で8人。御者兼護衛が5人にネコ耳店長、それに俺とハルだ。
護衛役はみんな体格も良く、面構えもなかなか厳しい。
黒い縁取りの白耳のハザン隊長と、その弟だと言うトプルさん。同じく縁取り耳だ。
モップのようなドレッドヘアに、大きな垂れ耳のヤーモさん。ハンガリーだかの牧羊犬にあんな感じのがいたな。
ふわふわ巻き毛に小さな立ち耳のガンザールさんは、弓の名手なんだとか。
切れ長の目がクールな印象の、アンガーさん。小さな耳と細い尻尾は豹柄だ。
それとネコ耳店長のロレンさん。
急に人が増えて覚えられないので、そのうち似顔絵を描かせてもらおうかな。
水場の水を汲み、洗い場で食器や鍋を洗う。穴を掘って生ゴミを埋める。さゆりさんの家では、やさいの皮は皮チップスだったな。骨は乾燥させてから砕いて肥料にする。ムダの少ない生活だ。
後片付けを終えて、タオルを濡らしてハルの背中や首の後ろを拭いてあげていると、ハザン隊長が大きな声で笑いながら歩いてきた。弟のトプルさんも一緒だ。あの人いつも騒がしいなー。
2人も上半身裸になり、濡れタオルで身体を拭いはじめる。夕焼けの微かに残る薄暗い中、見事な筋肉のかたまり2つに思わず見惚れる。見ろハル!ケンシ◯ウとラ◯ウがいるぞ!
リュートも細マッチョで格好良かったが、この世界で身体を使って働く人の筋肉は半端ねぇのな! 俺並んで脱ぐのヤダ!
今日から朝晩の筋トレの数を増やそうと、密かに心に決める。
この世界の夜は暗い。電気のない世界では、暗くなると大抵の生き物は寝てしまう。夜に狩りをする動物以外は。
夜番は護衛役の5人が当番制で務める事になっているらしい。俺は食事と馬の世話担当だから、夜は寝られる。俺とハルは乗ってきた馬車の中で、寝袋で寝る。
テントは護衛役が使う。ロレン店長も別の馬車で寝るそうだ。ハルはテントで寝てみたかったみたいで、名残り惜しそうに眺めている。
2人きりになりスマホを取り出す。今日も嫁からの着信もメールもない。この世界に飛ばされた直後と、次の日に一度ずつ。その後は一切繋がらない。
俺は毎日寝る前に、一度だけ嫁の携帯に電話する。今日も呼び出し音が聞こえる事はなかった。何度もやると辛くなるので、毎晩一度だけ試す。呼び出し音の聞こえないスマホを、いつまでも耳に当てていたら、ハルが、
「おかーさん、電話繋がった?」と、聞いてきた。
「ダメみたいだなー」と、なるべく明るい声で答える。
寝袋から上半身を出して、嫁宛てのメールを打つ。最初の頃は、嫁のいる街の名前を教えろとか、無事に暮らしているのか連絡して欲しいとか、なんとか帰る方法を一緒に考えようとか、悲壮感漂うものだったが、最近は近況を知らせるものが多くなった。
ハルやハナの楽しそうな様子や、1日の出来事を書いている。写メを添付したりもして、日記やブログみたいだな。ハルにも一言添えてもらい、ポチっと送信を試す。
今日もダメみたいだな。
「モバイルデータ通信に失敗しました。電波の状態を確認して下さい」と、メッセージが出る。
あまり気に病まないようにしなければ。
ハルの頭をぐしゃぐしゃと掻き回し、
「明日も早いから寝るぞ!」と、笑って言う。
お互いオヤスミと言い合って、俺たちは目を閉じた。




