旅のはじまり
この世界の人たちは、踵の厚い靴をあまり履かないようだ。獣の人である彼らは、見ていると爪先立ちになっている事が驚くほど多い。靴底は爪先と踵部分が分かれているのが主流みたいだ。
護衛隊長は俺の靴をしげしげと眺め、
「変わってるけど、すげえカッコイイな! その職人、俺にも紹介してくれよ」
と言った。‥‥ような気がする。褒めてくれてるってのはきっと間違ってない。
「職人、違う。でも了解」
ハルも俺も、じーさんが褒められた事が嬉しくて、顔を見合わせてニヤニヤしてしまう。俺たちじーさん大好きだもんな! ハル!
護衛隊長は名前を、ハザンさんと言い、シュメリルール生まれだそうだ。
「訳ありって聞いてるけど、ラーザに何しに行くんだ? こんなチビ連れてさ。『訳あり』わかんねーか‥‥。『深い、事情』だな」
「家出して、行方不明の妻を探しています」
これは何度も練習した言葉なので、自信がある。なのでついドヤ顔で言ってしまった。
「嫁さんに逃げられたって事か?なんでそんな事得意そうに言うんだよ。しかも、その言葉だけすげぇ発音良いし!」
ハザン隊長はプッと吹き出すと、大きな声で笑った。
俺も笑いながら、荷物入れからスケッチブックを取り出す。急遽俺たちとお揃いの帽子を付け足した嫁の似顔絵を探し、見せる。
「これ嫁さんか?へぇー! 美人じゃねーか! これ、ヒロトが描いたのか?」
「俺、絵描き。見た事ないか? この女」
「うーん。俺ラーザの街の女は、酒場の女とターナリットの女しか知らねぇからなぁー。すまんな」
「ターナリット?」知らない単語だったので、聞いてみた。店の名前か?
ハザン隊長は、ハルをチラ見すると、俺の帽子の耳に口を寄せて言った。
「ターナリット、金で女を抱く店の事だよ。良い女がいるぞ」
うむ。なかなかの情報だ。俺は大きく頷いて親指を立てた。
その後もハザン隊長は、ラーザの特産品の話しとか、この旅の難所の話しとか、この季節に狩れる角ウサギの肉が美味いとか、山越えの時の天気が心配だとか、そんな事を大きな声で話した。
俺がわからない言葉は、簡単な単語に言い換えてくれるし、聞き取れない時は繰り返しゆっくり発音してくれた。そしてしばらくすると、頭の帽子を顔に被せて座ったまま寝てしまい、ガーガーと鼾をかきはじめた。見かけ通りの豪快な人だ。
ハルもさっきまで、さゆりさんの単語帳を見ながら、俺たちの話しを聞いていたが、今は荷物に凭れて寝ている。
俺はスケッチブックを持って、後ろに流れてゆく景色を眺める。眼前には、相変わらずの荒野が広がり、馬車が通ってきた街道が大きく弧を描いて続いている。
俺は本屋のご主人にもらった木炭を取り出し、馬車の幌でアーチ型に切り取られたような風景を描きはじめた。




