ハルと一緒
「おとーさん、おなかすいた」五分も走らないうちにハルが言う。
「もう食うか?」と聞くと「うん」と言うので、馬の荷物入れから、さゆりさんが持たせてくれた弁当を「落ちるなよ」と渡す。
「おにぎりだ! 葉っぱで包んであるよおとーさん!」とハルがはしゃいだ声を出す。ト◯ロみたいだね、と嬉しそうだ。
「お父さんにもひとつくれ」と言って、前を向いたまま手を差し出す。「はい! 落とさないでね」と渡されたそれからは、ふんわりと笹の葉と似た匂いがした。
こんな物まで探し出したのか。俺はこの世界で30年以上を過ごした、さゆりさんの長い日々を思った。もともとナチュラル志向の雑貨屋さんで働き、スローライフに憧れていたらしいから、案外楽しんでいたのかも知れない。すぐ近くに何でも作ってくれる人がいたしな。
おにぎりの中身は梅干しと肉味噌だった。
弁当を食べ終えて、ハルがウトウトし始める。子供は寝ると体温が上がるのですぐ分かる。馬は早足で進んでいるが、少し速度を落とす。今日はシュメリルールまで行けば良い。危険さえなければ急ぐ必要はない。
10メートル程先を、見事な大蛇が体をS字にして、のんびりと這っている。そして上空には谷大鷲が、飛んでいる。上手くすれば大鷲の狩りが見れるかも知れない。
「ハル、ハル、起きろ」
「大鷲がいる。狩りが見れるかもな」
ハルは「ひゃう」とびっくりしたんだか、返事なんだかわからない声を出したが、額のゴーグルを目に装着する。
じーさん特製のこのゴーグル、実は望遠機能付きだ。しかも簡易ピント調整まで出来る優れモノなのだ。じーさんのスペックは最早反則だと思うぞ。
「狙ってる! ‥‥みたいだ」ハルがカリカリとピントを調節しながら言う。
「頭が白くてカッコ良い! あ、降りる!」ハルが言い終わる前に、急降下しはじめる。俺は周囲を警戒しながらも、つい目を奪われる。速いな!
大蛇の胴体に突き刺さるように降下する。
「蛇を掴んだよ、おとーさん! あ、蛇が嚙みつこうとしてる。うわーでっかい口だ!」
ハルの臨場感溢れる解説が、なかなか楽しい。バサバサと羽ばたきながらの攻防戦だ。
「頭を押さえた‥‥、くちばしで突っついてる! 目を狙ってるみたい。あ! 血が出た! おとーさん、蛇の血って赤いんだね!」
そりゃ、そーだろう。お父さんも見た事ないけど。
大鷲が、まだうねうねしている蛇を掴んで、空へと舞い上がる。
ハルがゴーグルを額に戻し、フウと息を吐く。
「あんなのはじめて見たよ。動画で撮りたかったなぁ」望遠レンズ持ってないからなー。ちなみに嫁は持ち歩いているはずだ。
立ち止まっていた馬を並足で、しばらくしてから早足で走らせる。
シュメリルールまであと半分くらいだ。




