旅立ち準備 後編
いつものトレーニングや家の仕事をこなしながら、旅に必要な物を揃えたり、作ったりするのは、思ったよりも忙しかった。
結局俺はハルを連れてゆく事にした。シュメリルールの街から、海辺の街ラーザまでおおよそ二週間くらい。ラーザに3日滞在して、また二週間かけてシュメリルールまで戻る。
ハナは、さゆりさん夫婦にお願いする。
俺がちょっと改まって、
「旅の間、ハナを預かってもらっても良いでしょうか」と、願い出たら、
「当たり前じゃない! 責任持ってお預かりするわ。こちらこそ、ハル君を頼むわよ」と、言った。
「ハルも、ハナも、ヒロトもうちの子だ」とじーさんが言った。
「あら、いい事言うのね」と、さゆりさんが笑った。
用意していた、紐に通した15枚の金貨を渡すと、
「ここの生活に、お金なんてほとんど必要ないじゃない。こんなにたくさん、受け取れないわ」と困った顔をした。
「お金くらい受け取ってくれないと、俺はお二人に何も出来る事がないんです。お願いですから受け取って下さい」と、深く頭を下げて、半ば無理やり受け取ってもらった。
ハルにもキチンと話した。
往復で1ヶ月以上の道程を、馬車で移動する事、ハナはサラサスーンで留守番をする事、ほとんど毎日野営となり、寝袋で寝る事、俺は雑用仕事を引き受けているので、その手伝いをして欲しい事。山越えがある事、護衛は何人か同行するらしいが、獣や盗賊に襲われる危険がある事‥‥。
「それでもハルは、お父さんと一緒に行くか?」と聞くと、
「うん、ぼく、おとーさんと一緒に行くよ。一緒にお母さんを迎えに行くって、何度も約束したじゃん」と言った。
「ここに居れば、毎日ベッドで寝れるし、美味しい物もお腹いっぱい食べられる。危険もないし、ここの生活は楽しいだろう?」
「うん。毎日とっても楽しい。でも、ぼくはおとーさんと一緒に行くよ」
「わかった。一緒に行こう」
俺は言いながらハル引き寄せ、頭を胸に抱えた。ヤバイ、熱いモノがこみ上げてくる。
ハル、いつの間にこんな決意がこもった目をするようになったんだよ。
旅支度をするのは、どこか切なかった。忙しなく、やらなければならない事に追われなければ、立ち竦んでしまいそうだった。
ハナの写メをたくさん撮った。旅先で見たら、きっと泣いてしまうなと思いながら。
1ヶ月後に、帰ってきたら俺の事を忘れているんじゃないかとか、呑気な心配もした。
用意した物が、荷物入れに入らなくて焦ったり、さゆりさんが荷作りしてくれたら、まだまだ余裕だったり、耳カバー付き帽子を被ったハルに萌えたり、同じものを受け取ってゲンナリしたり。
慌ただしく、忙しなく、あっという間に日々は過ぎてしまった。
シュメリルールの街へ行く前日の夜、じーさんが俺とハルに編み上げのブーツを渡して言った。
「やっと完成。良かった、間に合って」
履いてみるように促しながら言う。登山靴のようにがっしりとした革製だ。靴底は厚いゴムで、滑り止めに深い溝が刻んである。
「防水」と言ってニヤリと笑う。
履くと、中はびっくりするくらい柔らかく、程よく足にフィットする。旅に出る時に新しい靴を履くのはタブーだと言うが、じーさんの奥義満載のブーツだ。きっと靴ズレとは無縁だろう。
明日の朝は、ハナが目を覚ます前に出かける予定だ。




