吐露
さゆりさんの家がある大岩へと着く。俺は約束通り、ヒューっと高く指笛を吹く。気づかないかも知れないので、2、3回続けて吹く。しばらくすると、ゴゴゴー、ガゴーン!と音がして、入り口が開く。
馬を引いて中に入ると、じーさんに肩車したハナと、自分用のスリングを持ったハルが出迎えてくれた。
「ただいま」と言うと、じーさんの頭を掴んでいたハナが、俺の方に向けて両手を広げる。
「とーたん、きゃーり!」
「おとーさん、おかえりー!」
ハナをじーさんから受け取り、左手で抱く。不意にたまらなくなり、搔き抱く。ハルを引き寄せ、膝をつき、抱きしめる。
こんな事をしたら、ハルが不安になる。じーさんが心配する。だが、止まらない。
キャラバンなんてどうでもいいから、今すぐ二人を連れて、旅立ってしまおうか。金はある。武器もある。ラーザの街は、地図で何度も確認した。
じーさんが「どうした、ヒロト。言ってみろ」と、いつもと変わらない口調で言った。無条件で頼らせてくれる口調だ。俺がまだガキだった頃、父親がよくこんな風に言ってくれたのを思い出す。
喋ったら涙が出てしまいそうだったので、黙ったまま首を振る。立ち上がり、連れ立って家へと向かう。
こんな顔を誰にも見せる訳にはいかない。ハナの顔も、ハルの顔も、見る事が出来なかった。
「すみません、一服して来ます」
俺は逃げるようにハナをじーさんに預け、岩壁の縄梯子を登る。深呼吸してタバコに火を点ける。煙を深く肺に吸い込み、ゆっくりと細く吐き出す。
ピーヒョロロロと、トンビが高く長く鳴いて空に円を描くのを何も考えずに眺めていると、ギシギシと音がして、さゆりさんがハシゴを登って来た。
俺が何も言わずにいると、意外にも
「私にも一本ちょうだい」
と、指を二本立ててみせる。タバコの箱を差し出し、さゆりさんの咥えたタバコに火を点ける。
二人並んでタバコをふかし、黙ったまま風に吹かれる。
「キャラバンに、ハナの同行を断られました」
「ああ、そうだったの」
あらそんな事なの? といった物言いに、少しムッとして、
「俺にとっては大問題です」
と言うと、さゆりさんはいつものようにふふふ、と笑った。
「心配しなくても、ハナちゃんは責任持ってお預かりするわよ?」
「不安なんです。たまらなく‥‥。転移は一度きりじゃないかも知れない。手を離した瞬間に目の前から消えてしまったアイツみたいに、ハナも消えてしまったら、俺はどうしたら良いんですか」
「あら、そしたらずっと抱きしめていないとダメね」
「本音を言えば、そうしていたいです。でもナナミの事も心配なんです。今すぐに二人を連れて旅立ってしまおうかと、実はさっき考えてました」
「気持ちはわかるけど、でも、ほら、私は30年以上、ここにずっといるのよ? きっと大丈夫よ。パッと行って、サッと奥さま連れて戻って来なさいな」
そう言って笑う、キツネ耳の人は、いつもよりなんだか普通の日本人に見えた。