不安と葛藤
ヒロトさん、弱音吐きまくり回
リュートの家へ行き、嫁さんに挨拶してから馬の背中の物入れに買った物を詰める。次にシュメリルールに来るのは、出発の前日か前々日になる予定だ。やり残した事や買い忘れた物がないか、考えながら馬を引いて商店街を歩く。
いつも似顔絵屋を開く広場へと向かう。しばらく休業する旨を書いた看板を、どこか上の空でいつもの場所に立てかける。
ハナを連れて行けないという事実は、少なくとも俺にとっては大変なショックだった。リュートはある程度予想していたと言っていたので、この世界的には常識なのかも知れない。さゆりさん夫婦は、おそらく喜んでハナを預かってくれるだろう。危険な目に合わせたい訳ではないのだ。だが、それはハルも同じだ。2人はサラサスーンで待っていた方が、良いのだろう。
俺は本当は、2人から一瞬たりとも離れたくないのだ。できれば朝も昼も夜も、2人を抱き抱えていたい。そんな事は、できないけれど。
突発的にこの世界に飛ばされて来た俺たちは、またどこかに飛ばされてしまうかも知れない。今この瞬間に、そんな事が起きるのかも知れない。ナナミはもう海辺の街にいないかも知れない。サラサスーンからハルが、ハナが消えてしまっているかも知れない。
顔を上げたら、俺はまた見知らぬ風景の中でひとり立ち尽くしているのかも知れない。
そんな事が起きない保障は、どこにもないのだ。
手を繋ぎ、抱き抱えていた2人、手を離した瞬間に消えてしまったナナミ。離れ離れにならないように、2人を常に抱き抱えていたい。ナナミがまたどこかへ消えてしまう前に、走って行って抱きしめてやりたい。俺の前からもう誰も消えないで欲しい。地球に戻れなくても良い。
これ以上、理不尽な現象に、俺と俺の大切な家族を巻き込まないでくれ。
気がつけば俺はずいぶんと早足で歩いていた。街道まで出て、馬に乗る。ここから先は危険が伴う。
俺は考え事を無理やり中断し、気を引き締めて手綱を握った。