表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/181

歩くしか出来る事がない

「ねぇおとーさん、おうちへ帰るまでどのくらいかかるかな? ヘチマにお水あげないと枯れちゃうよ」


 ああ、観察日記な。やっとちっさい実が出来たって、喜んでたもんな。


 わかるよ、わかるけどハル。でもお父さん、自分たちの方が枯れちゃいそうで心配だよ。


 しゃがみ込み、目線を同じ高さにして、ハルの頭にポスンと手を乗せる。ガシガシとかき回す。


「ヘチマ、枯れないうちに帰れると良いな。でも枯れたら、枯れたヘチマを観察しような」


 お父さんの2年生の時の観察日記がそれだ。けっこうイケる。


 差し当たっての問題はヘチマより、どっちに向かって歩くかだな。コレが右も左もわからないってヤツか。


 とりあえず辺りが見渡せそうな高台へと向かう。方位磁石アプリも、グーグ◯マップも立ち上がらなかった。


 緊急時に助けてくれそうな、警察や消防署、役所などは電話が圏外なので通じない。ポケットWiFiでもあれば違ったのだろうか?持ってないけどさ。


 スマホのGPS機能を使えば、嫁の居場所も現在地もわかるはずなのに。


 数年前の震災時に、スマホの充電が切れお互いに連絡が取れなくなった。その時の教訓から俺とナナミは、ソーラーパネル付きのスマホ充電器を買った。そして互いに持ち歩く事を約束した。


 だが今の状況を考えると、ポケットWiFiも持ち歩かないとダメかも知れないな。


 高台までは急な坂道で、よじ登るような起伏もあり、かなりハードな道のりだった。だがそこからの景色はまさに絶景だった。


『死ぬ前に一度はこの目で見たい世界の絶景ベスト10』の4位くらいに入っていそうだ。


 目前に広がるのは、ただひたすらに赤茶色の縞模様しまもよう露出ろしゅつした、起伏きふくに富んだ大地。背の低い草地は枯れた色をしていて、所々にサボテン群が見える。そして細く長く、うねるように伸びる道。


 俺とハルはこのスケールの大きな景色に、声も出せずに見入った。我に返ったのはハルが先だった。


「おとーさん、道のおわりが見えないよ。コンビニもせんろもじどうはんばいきも見あたらないよ‥‥」


 ハルが途方に暮れたように言った。


 だが、道があるということは文明があり、人が住んでるという事だろう。この状況での初めての安心材料に、ホッと息をつく。


「でもハル、道があるって事はきっと人が住んでる。とりあえず行ってみよう」


 果ての見えない道にくじけそうになりながらも、俺たちは自動車1台分くらいの幅の道を歩き出した。


 ハナが目を覚ましたので、手を繋いで歩く。あーるこー、あるこー、とトト◯の歌を歌いながらご機嫌だ。


 途中で嫁が早起きして作ってくれたサンドイッチを食べた。卵サンドはアボガド入り、ツナは玉ねぎとコーンが入っている。家族全員で、公園で食べるはずだった。ピリリとマスタードが効いていて美味い。


 3歳児の連続して歩ける時間は30分程度だ。おぶったり、休憩したり、抱っこしたり、また歩いたり。


「あーたんは?」


 ハナの言う『あーたん』は母親の事だ。おかーさん、おかーたん、あーたん。


 しかしハナさんや、今気づいたんですか。


 夏休みの宿題、終わってて良かったなーとか、キャンプという名の野宿の話しとか。疲れてぐずりはじめるハナをだまだまし歩く。


 そして案の定日が暮れる。夕焼けは荘厳だった。大きな夕日が空を、雲を、荒野を茜色に染めてゆく。盛り上がった地層が陰影を深くして、影絵のように浮かび上がる。


「スゴイねおとーさん。がいこくみたいだね!」


 さっきまでつかれたーとか、もーむりー、とか泣き言を言っていたハルが、目を見開いて言った。


 夕日に照らされた息子の顔は、嫁がびっくりした時の顔に、思わず二度見するくらいよく似ていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ