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おとうさんと一緒〜子連れ異世界旅日記《嫁探し編》〜  作者: はなまる
第1章 スローライフと似顔絵屋さん
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シュメリルールにて

 昼過ぎに来た客に、なんだか見覚えがあった。何度か見かけた顔だ。


 似顔絵を描きながら、考える。


「おとーさん、本屋さん、がようし買う本屋さんのおじさんだよ」


 ハルが近寄って小さな声で教えてくれる。


 あ! ほんとだ! 眼鏡かけてないからわからなかった。特徴のある、細く頭に沿うような小さな耳。俺が毎週大量に画用紙を買いに行く、本屋のご主人だ。


 偶然だろうか? あっ、と小さく声を上げた俺に、悪戯いたずらが成功したみたいな顔をして、片眼鏡を取り出してニヤリと笑う。


『いつもお世話になってます』的な事を言いたかったのだが、いかんせんボギャブラリーが少な過ぎる。俺は白紙の画用紙を取り出して見せ、「いつも、ありがとう」と言った。

 俺の言葉がつたない事を知っているご主人は「こちらこそ」とゆっくり発音してくれた。


 俺はなんだか嬉しくなって、随分と張り切ってしまった。片眼鏡有り無しの他に、店で本を読んでいるところと、居眠りをしているところを3頭身で描いて渡した。ご主人は3頭身の絵を指差し、そのあと自分を指差して、コテンと頭を傾ける。無駄に可愛らしい仕草だが、言葉がわからないであろう俺と、コミュニケーションを取ろうとしてくれている。それが伝わってきて、俺は余計に嬉しくなり、うんうんと大きく頷いた。


 居眠りをしている絵をもう一度指差して、苦笑を浮かべる。ハルがこの世界の言葉で「似ている」と言って笑った。


 そう、今日は思い切ってシュメリルールの街にハルを連れて来たのだ。午前中いっぱいは大興奮で、じーさんと街を散策していたらしい。


 本屋のご主人は「ありがとう」と言って、けっこう上機嫌で帰って行った。



 夕方の鐘が鳴るギリギリに、最後の客の絵を仕上げる。夕焼けの色に染まる街並みに、鐘の音が高く響くのを聞きながら、画材や看板を片付ける。ふと嫁の絵を手にして動きが止まる。海の街ラーザからこの街に来る人もいると聞いたので、嫁の似顔絵を描いて情報を求めているのだ。絵の下には「この人を探しています」と書いてある。


 俺の役どころは『逃げた嫁を探して、子連れで長い旅をしている異国の画家』という感じだ。自分でも、似合う気がして笑える。今のところ情報はゼロだが、可能性がある事は何でもやってみようと思う。


 迎えに来たじーさんと3人でリュートの家へ帰る。週に2回もお邪魔する俺を、リュートの嫁さんは毎回ニコニコと人懐っこい笑顔で迎えてくれる。何かお礼をしたいのだが、リュートと2人の絵も、ひとりずつの絵も、もう描いて渡してしまった。


 じーさんは部屋に入ると、さゆりさんからのお土産を取り出す。クッキーやベーコンなど手作りの品だ。ハルもお土産を取り出す。カブト虫や花、鳥などの折り紙だ。嫁さんはどちらも目を輝かせて受け取ってくれた。ハルは「これ、虫、花、鳥‥‥」と、少し恥ずかしそうに説明する。


 ハルはけっこうな折り紙博士だ。レパートリーは数百種類。オリジナルの折り方を編み出したりもしていた。以前小学校の先生から「ハルくん、いつも授業中に折り紙してるんです」と、電話が来た事もある。宝物は金と銀の折り紙だ。


 どこかで、外国の人は折り紙をプレゼントするととても喜ぶ、と聞いた事がある。この世界でも喜んでもらえて何よりだ。ハルも嬉しそうだ。



 しばらくしてリュートが仕事から帰って来た。リュートは鍛冶の仕事をしている。最近やっと親方に独り立ちの許可を貰い、自分の工房を開いたばかり。今が大切な時期だ。俺たち家族の事で、あまり手をわずらわせたくはないのだが。


 その日の夕食も、賑やかで楽しいものだった。ハルがこの世界の言葉で、本屋のご主人が来た話を一生懸命していた。じーさんと俺で補足したりしてな。リュートが「ハル、言葉、どんどん上手くなる。スゴイ」と言った。リューくんも、日本語どんどん上手になってるよね。お父さん、焦っちゃうよ!


 嫁とは今日も連絡が取れなかった。もう2週間以上だ。謎電波よ、頼むよマジで。


 さー、明日も愉快な似顔絵屋さん、頑張ろう。俺は、おやすみナナミ、ハナ。と、手の届かない場所にいる家族に、心の中で挨拶をして、眠りについた。



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