似顔絵屋さん
昼メシを終えて、商店街へ行く。似顔絵屋を開店するにあたって、俺のスケッチブックでは、紙質が良すぎるらしい。この世界で一般的な画用紙を買いにゆくのだ。リュートの金でな! もー、お父さんツライよ‥‥。
本屋兼、雑貨屋風の店に入る。本屋六割、画材や文房具三割、その他一割くらいだな。画材屋は大好物だ。うーん、ヤバイな色鉛筆売ってない。俺は絵の具と絵筆が苦手なのだ。主に色鉛筆とパステルを使っている。今手元にあるのは色鉛筆のみ。これを使って絵を描くのは、悪目立ちするかも知れない。
いやでも、今から絵の具一式買うのは無理だ。一本一本布かテープで巻けば、既製品っぽい印象を薄くできるか? リュートと要相談案件だな。
とりあえず画用紙を30枚ほど買ってもらう。リュートが金貨を店員に渡し、銀貨を1枚お釣りに受け取る。1枚日本円にして300円くらいか‥‥。高いなー!
リューちゃん、大丈夫!?
あまりの値段に俺がオロオロとしていると、リュートが
「任しとけ!!」
と、ドヤ顔で言った。
さゆりさん、どんな感じで日本語教えたんだろう。
広場へと戻り、開店準備をはじめる。生垣や木の幹に、予め用意してあった似顔絵を飾る。元の世界の知り合いや友だちの頭に、似合いそうな耳を付けた似顔絵や、さゆりさんちのニワトリや牛、サラサスーンの夕景などだ。俺の座る箱と、対面に客の座る椅子。
『似顔絵描きます。銀貨1枚〜』
と書いた看板を正面に置いて、準備完了。
まずはサクラとして、リュートの顔を描いていく。今日は朝からガリガリとメンタルを削られている。自分の役立たずっぷりに、凹みまくりだ。誰も興味を持ってくれなかったら? 銀貨1枚は高すぎるか?
胃が痛くなってきた頃、親子連れが立ち止まる。ハルくらいのうさ耳少女が俺の手元を覗き込み、
「うわー!お兄ちゃん上手だねぇ! あのお兄ちゃんそっくりだよ!」
と大きな声で言った(と、リュートが訳してくれた)。
「似顔絵屋さんみたいだよ。お母さん描いてもらおうよ!」
と、うさ耳少女(と、リュートが以下略)。
リュートが席を立ち、親子連れに座るように促すと、母親のうさ耳さんは少し恥ずかしそうにしながらも、椅子に座ってくれた。うさ耳少女は膝の上だ。俺は営業用スマイルを浮かべて、描き始める。少しデフォルメした2人を中央に描き、隅の方に三頭身キャラ的な絵を書き足す。描き上がった絵を2人に渡すと、お母さんは満更でもなさそうに、うさ耳少女はぴょんぴょんと飛び上がって喜んでくれた。
その後も途切れ途切れではあるが、客が座ってくれて、夕方までに15枚の絵が売れた。
夕方の人気がなくなっていく公園で、椅子や看板を片付けて、俺は大きく伸びをした。風が麦わら帽子を飛ばしそうになる。慌てて抑え、風の行方を目で追う。異世界の風は、嫁のいる街まで吹いてゆくだろうか。
似顔絵を大事そうに持ち帰る人たちの後ろ姿は、確かに俺の胸に暖かい何かを灯してくれた。わからないこと、出来ないことばかりの一日だったが、最後はなかなかの気分で暮れてゆく。
俺はこの美しい世界が、獣の人たちが、どうやら好きになりつつあるらしい。
その後、リュートの家で嫁さんも交えて飲んだ酒は、忘れられない味となった。