街へ
あー、ケツが痛い。太腿の内側が攣りそうだ。突然この世界に飛ばされて5日目の朝です。
俺は今、カドゥーンじーさんとさゆりさんの息子である、リュートさんと一緒に馬に乗り、絶賛逃走中だ。転移初日の夜に襲われた(谷狼、とさゆりさんは呼んでいた)犬に似た動物数頭の群れが、馬と並走して追いかけてくる。
明るいところで見るソイツは思っていたよりずっと大きく凶悪だった。牙は犬のものより大きく鋭い。よくまあ、あんなのに囲まれて、無事に済んだものだ。ロケット花火様々である。
リュートさんは俺に馬の手綱を持たせ、小振りの弓で応戦している。朝軽く手綱さばきを教えてもらったが、こんなの無理に決まってる。俺は馬の背中にしがみつくように、手綱を短く握りしめる。
すぐ後ろから、キリキリキリッ、ヒュッっという鋭い音がする。リュートさんが弓を射る音だろう。何度目かの音の後、「ギャウン」という鳴き声が聞こえた。当たったのだろうか。
ひときわ大きな一頭が、大きくジャンプして飛びかかってくる。振り向くと、リュートさんが腰から大振りのナイフを抜き、振り抜く。谷狼は「キャイン」と短く声を上げると、もんどり打って倒れた。群れが立ち止り、最後まで追いすがっていた一頭もスピードを落として、やがて見えなくなる。
身動きを取れずに固まっている俺に、リュートさんが、馬を止まらせて声をかけてくれる。
「もう、安心する。だいじょぶ」
リュートさんは俺より少し年下で、さゆりさんと同じキツネ耳のイケメン君だ。そしてけっこう日本語が話せる。リュートさんは母親が話してくれる異世界の不思議な話が大好きで、小さい頃から夢中だったそうだ。いつか自分もニホンに行くかも知れないからと、日本語を覚えたそうだ。
憧れのニホンからの客人である俺たちを、とても歓迎してくれて、スマホや小型ライトに目を輝かせていた。そしてカ◯パえびせんを食べてはしゃいでいた。まあ、異世界にはないかもな、カッ◯えびせん。
リュートさんは週に一度くらい、日用品や食料品などを持って、街から両親の元を訪れてくれるらしい。そんなリュートさんが街に戻る際に、俺は同行させてもらった。街の様子を見て見たかったし、俺の絵が売れるかどうか、試してみたかったからだ。
しかし異世界、過酷過ぎるだろう! リュートさんがいなかったら、あっという間に谷狼の朝ごはんになる自信がある。そしてリュートさんがヤバイ。逞しい腕で後ろから支えてくれて守ってくれて、ニコっと笑って「もう大丈夫」なんて、どこの王子様だよ。俺が女だったら即惚れる。今すぐ抱いて欲しいくらいだ。
嫁の浮気が心配だ。吊り橋効果は侮れん。いやいや、アイツはそんなやつじゃない。いやしかし、嫁は猫スキーだからモフ耳標準装備に惑ってしまったりするかも知れない。
止まらない妄想に俺が黙り込んでいると、
「ヒロト、行こう。街まであと半分くらい」
と、肩を叩かれた。
まだ半分か。HPもMPも枯渇してる気分だ。