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パスティア・ラカーナの地で

 海岸から岩場を通り、桟橋へと出る。商店街を抜け、メインストリートから続く階段を登りはじめる。この街は、うんざりするほど階段が多い。


 だが、灯りのともりはじめた、夕闇迫る街並みは、ありったけの飾りをつけたクリスマスツリーみたいに可愛らしくて、やっと見つけた宝箱みたいに、大切に思えた。


 ナナミの足が、だんだんと速くなる。手がじんわりと汗ばんでくる。


 そうだな。この階段の上には、ハルとハナがいるんだもんな。


 ナナミが、俺の手を振りほどいて走り出す。見上げれば、階段の一番上には、人待ち顔で佇むハルがいた。ハルの足にしがみつく、ハナがいた。


『ハルっ!! ハナーっっ!!』


 ナナミが、ハルとハナの名前を呼びながら、上衣を脱ぎ捨てる。階段を駆け上がりながら、獣の姿になり、着ていた服を全部置き去りにして、一心不乱に駆けてゆく。


『お母さんっ!!!』

『あーたん!!!』


 ハルが、階段を転げ落ちるように、駆け下りてくる。ハナがユキヒョウの姿になり、コロコロと走る。


 危ない、危ないから!! 二人とも、そこの踊り場でストップ!



 わあわあ泣きながら走っていたハルが、ナナミの姿に目を見張り、一瞬固まった。ああ、俺もびっくりしたよ! まさかナナミも、ユキヒョウとはな!



「ハナっ! ハナーっ!! 会いたかった! 会いたかったー!!」


「あーたん、あーたん! どこいってたの? ハナちゃんずっとまってたんだよ!」


「うん、うん、ごめんね。会いに行けなくて、ごめんね!!」


 人の姿に戻ったナナミが、ハナを抱きしめる。


 ハルがあわあわと物入れから一番大きな、砂漠の被り布(フィーヤ)を取り出して、ナナミの肩から掛ける。


 ハル、その布透けてるから! 余計エロいから!!


 バカヤロウ!! カミュー、登って来るんじゃねぇよ! あっち向いてろよ!


 俺は急いでナナミの服を拾い、後を追いかける。クッソー!! 膝がガクガクだ!


「ハル、ハル! 顔! 顔見せて!! 大きくなっちゃって! 会いたかった! あんたたちに、会いたくて! 会いたくて! 会いたかったよぉー!!!!」


「お母さん、ぼく、泣かない、男になろうと、思って、えぐっ。でも、いっぱい泣いちゃって、ううっ、ハナちゃんを守ろうと、うええっ」


「うん、うん! ハル、無事でいてくれて、ありがとう!! ハナを守ってくれて、ありがとう! 会いに来てくれて、お母さん、本当に、本当に嬉しい!!!」


 ハルとハナを両手で抱きしめたナナミが、また、声を上げて泣き出した。





 だからカミュー、上がって来るんじゃねぇっての!!





 ▽△▽


 その夜は、ルルとナナミが腕を振るってくれた。海の幸満載の、ミョイマー地方伝統の料理は、多彩な香油と、各種魚介類を漬け込んだコクのある、醤油と味噌の中間みたいな調味料が、特徴的だった。


 庭に出てバーベキュースタイルで、豪快に網焼きした魚介類を、ペースト状の調味料と香油で食べる。


 たけのこの煮物や里芋の煮っころがしなんかの、日本風のナナミの得意料理が、『ああ、本当にナナミに会えたんだな』と実感させてくれた。


 ハルとハナは、ナナミの姿が見えなくなると不安になるらしく、ずっと後をついて歩いている。ハルの大人にならなきゃ症候群も、今日ばかりは休みらしい。


 二人にまとわりつかれるナナミは、この上もなく嬉しそうだった。



 カミューが、山ほど酒を持ってやってきた。どうやら俺を酔いつぶそうとしているらしく、グイグイ盃を押し付けてくる。


 悪いが俺は酔わないぞ?


 キレの良い辛口の酒は、鼻に抜けるとほのかに甘い香りがする。聞いてみたら桜の樹液から作った樽で、何年か寝かせたものだという。


 このあたりには、桜の木があるのか。


 俺はふと、東京の自宅を思い出した。


 長く、長く続く桜並木。ハルとハナを自転車の前と後ろに乗せ、自宅から急な坂道をブレーキなしで走ると、二人とも声を上げて喜んだっけ。


 舞い散る花びらを、夜中に全員で見上げながら歩いた。


 この世界にも、もうすぐ春がくるらしい。冬はどこに行ったんだと思うが、そういうものらしい。


 旅の話は尽きないほどにある。大岩の家族のことや、キャラバンの連中の話、ハルの大活劇や、あくびやクーのこと。


 さゆりさんとパラヤさんの単語帳を見せると、ナナミが肩を震わせていた。


「ヒロくん、こんな便利な物使ってたの?!」


 恨みがましく言われた。


 言葉に関しては、ナナミも相当苦労したらしい。みんなが言っている『ナナミ踊り』というのも気になる。『ちょっと踊って見せてくれ』と言ったら、殴られた。


 元日本人で、この世界の言葉を、ネイティブレベルで理解しているさゆりさんの話をすると、ルルとナナミの目が輝いた。


 ナナミの持っている医学的な知識を、現地の知識で応用できるルルに、全て伝える事ができる。それは、ルルとナナミの悲願なのだろう。


茜岩谷サラサスーンに行こう! 明日行こう!」


 ルルが真顔で言った。あんたさっき『すぐに旅立つ許可は与えられません』って、カッコ良く言ってたじゃねぇか!


「ヒロトさん、修行は時と場所を選ばないのよ?」


 しれっと言いやがった。


 教会や治療師としての役割りや、子供たちのことを考えると、早々に一緒に旅立つことは、さすがに無理だろう。


 無理だよな?




 俺とハルの、ナナミを探す旅は、ようやく終わりを迎えた。家族全員で囲む食卓は、約十ヶ月ぶりだ。ナナミも、ハルも、ハナも、ひとつ歳を重ねた。


 ハルが、小学校三年生になることはなく、ハナはチューリップ組にはならなかった。


 ナナミは、沖縄の辺境医療に携わることはなく、俺は売れっ子イラストレーターには、ならなかった。


 ハナはユキヒョウ幼女になり、ハルは折り紙無双の勇者、ナナミは海辺の街の名物治療師で、俺はしがない似顔絵描きだ。


 なかなか面白いラインナップじゃないか? 人生何があるか、わからないもんだな!


 この先どうするか、まだ何も決まっていない。とりあえずは一緒に茜岩谷サラサスーンへ戻るが、その後のことはおいおい話し合っていくことになるだろう。


 どちらにしても、もう二度と、離れて暮らすのは真っ平御免(まっぴらごめん)だ。


 ナナミが、お腹をポンポコリンにして眠ってしまったハナを抱いて、俺の隣に腰を下ろした。離れている時間が長すぎて、やけに気恥ずかしい。ナナミの耳と尻尾のせいもあるだろう。


「ヒロくん。ハルとハナを連れてきてくれて、ありがとう。あなたが必死で二人を守ってくれたのは、誰も何も言わなくても、わかるよ」


「バーカ。当たり前だ」


「ふふ。ヒロトの執念深くて、諦めの悪いところ、ダイスキ」


「俺も、ナナミの雑草並みにしぶといところ、ダイスキ」


「「褒めろよ!!」」


 俺とナナミが、つき合いはじめた日のやりとりだ。十年以上たっても忘れない。


 変わらないもの、変わってゆくもの、失くしたもの、拾ったもの。二度と手が届かない場所、忘れられない人。ーーまた、二人で一緒に抱きしめてゆこう。


 俺の腕は、片方だけになってしまったけれど、ナナミと二人手を繋ぎ、この腕の届く限りのものを、精一杯抱きしめてゆこう。


 この空の下、この風に吹かれて、この大地を踏みしめて、生きてゆこう。


 この、パスティア・ラカーナの地で。



 





長い間読んで頂き、本当にありがとうございます。これにて『おとうさんと一緒〜子連れ異世界旅日記〜』は終了です。楽しく読んで頂けましたか?


少しでも皆さんの心に、何か届ける事ができたなら、この上なく幸いです。



ヒロトの旅を最後まで見届けてくれて、本当にありがとうございます。皆さんに、私のありがとうが、どうか届きますように。


そして、できれば一言でも良いです。感想を聞かせて下さい。それだけで、全て報われます。


はなまる


追伸

一旦完結とさせて頂きますが、耳なしの事やパスティア・ラカーナの秘密など、未消化があります。番外編や外伝などお届けする予定です。


それでは、また、いずれ。




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