閑話 白と黒の毛玉
朝、眼が覚めると、ソフトボール大の白と黒の毛玉が、枕元で跳ねていた。
ハナが呼ぶと、白毛玉がポスンと頭の上に跳ね上がる。ハルが『やべぇ、見つかった』的な顔で、黒毛玉を背中に隠した。
サビ耳の人たちが、群れで飼っていた毛玉のようなウサギ『ジュラン』の子供だ。
そういえば昨日、サビ耳の人の集落を出る時、ハルもハナも、少しも駄々をこねなかった。少しでも、疑問に思うべきだった。
似顔絵を描いたり、ベーコンとチーズに浮かれたりしているうちに、ジュランの事は、すっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。
俺は最初、勝手に連れて来てしまったのかと思い青くなった。久しぶりにハルとハナに正座を言い渡し、問いただした。
「ちがうよ! お金をはらったし『ちゃんとかわいがって育てます』ってやくそくした!」
ハルは砂漠の旅で、ロレンから給料をもらったので、意外と小金持ちだ。誘拐してきた訳ではないと聞き、ホッと胸を撫で下ろす。だが説教は続行だ!
「なんでお父さんに黙って、そんな大事な事を勝手に決めたんだ?」
「だって! 言ったらお父さん、ダメって言うでしょう? ぼくが世話するから! あぶない目に合わないように、ちゃんと見てるから!」
「ハナちゃんも、おせわしゅるよ! さみしがったら、いっしょにねてあげゆよ!」
ううーん。よくあるホームドラマの展開だな。土手か河川敷で犬を抱えて、子供が泣くやつだ。
「ハル、俺たちは運命共同体だ。わかるか?」
ハルが首を振る。
「お父さんが困った事になったら、ハルもハナも困るって事だ。誰かひとりだけ困るとか、誰かひとりだけ幸せとか、そんな事はあり得ない」
ハルが頷いた。
「俺たちは旅の途中だ。危険もあるし、荷物も限られてる。そんな俺たちが、命を二つも抱えるんだぞ。可愛いからとか、そんな簡単な話じゃないだろう?」
ハルが、唇を噛んでうつむいた。ハナがべしょべしょと、泣きべそをかきはじめる。
あ、嘘泣きだ。
「だとしたら、相談しないのは、ダメだ。お父さんは今、困っているぞ」
「ぼくはこまってない! 黒いのも、白いのも、ぼくがめんどうを見て、ぼくが守る! お父さんのせわになんかならない!」
ハルが毛玉を二つ抱えて走り出した。
おい! このあたりに土手はないぞ!
ハルがあくびに飛び乗った。えーっ! あくびに乗るの反則! お父さん、追いつけないから!
ハナが「ハルちゃー!」と叫びながらユキヒョウ姿になり追いかける。あくびが尻尾をヒョイと振り上げ、尻尾にしがみ付いていたハナが宙を舞う。着地先はハルの背中だ。
すげぇな! なにこの連携!
そして俺がひとり、取り残された。
呆然と見送ってしまったが、そんな場合ではない。あくびが一緒だが、危険な目に合ったら大変だ!
とはいえ、あくびはハルが乗って行ってしまった。俺はクーには乗れない。重量制限的に。走って追いかけるか! あ、でもクーをひとりで、ここに残して行くのは危険かも知れない。
ハルくん! 今、お父さん、かなり困ってる! 困ってるぞー!
仕方ないので、持てるだけの荷物を担ぎ、クーを連れてハルを探す。
うん、俺だけが、かなり困っているな。運命共同体って、こんなだっけ?!
くっ! あくびは俺の味方だと思ってたのに!
ハルは、川べりの大きな岩の上に、膝を抱えて座っていた。ユキヒョウ姿のハナが、隣に座って毛玉と遊んでいる。
ジュランは、ユキヒョウ姿のハナを怖れないのか。あいつらにも獣の人だと、わかるのか。
わからないのは、俺とハルだけなのか。
俺はハルの隣に、黙って腰を下ろした。
腰の物入れから、残り三本となった煙草を取り出す。火を付け、とうに賞味期限の切れた煙を吸い込む。
久しぶりのニコチンに、視界がクラクラと歪む。煙は思いの外消えずに、空へと昇って行く。
ハルと二人、煙の行方を眺める。朝の眩しい光に、二人して目を細める。
煙草が短くなった頃、ようやくハルが重い口を開いた。
「お父さん、白いのと、黒いの、つれて行くほうほうを、いっしょに、考えてほしい」
そう来たか! お願いでも、ごめんなさいでもなく、俺を共犯者に引き込むのか。
この頑固者の知能犯め!
「ーーー。そうだな。まずは移動中に跳んで行かないように、専用のポケットでも作るか!」
ハルが、顔をあげ、満面の笑みを浮かべる。
「うん! 」
まあ、しょうがねぇかな! この手のホームドラマの顛末は、いつだって親の負けだからな。




