ひょうたん湖の渡し船
地図にない村をあとにして三日目の夕方、景色が一気に様変わりした。
俺たちが今いる高さに地面は、深い切り立った崖となって途切れ、向こう岸がようやく見える程の大きな湖になっている。地図を見ると、湖はひょうたんの形をしていて、街道は湖に沿って二手に分かれている。片方は湖に沿って伸び、片方はひょうたんのくびれた部分で途切れている。
ひょうたんのくびれた部分には、それなりの大きな街があり、そこから船がでているはずだ。俺たちにはあくびがいるので、船に乗せてもらえるかどうか微妙だ。だめなら、ぐるりと湖を回り込めば良い。とりあえず行ってみよう。
その日は、湖のそばの野営地で夜を明かした。なるべく迷惑にならないように、端っこの方で簡易テントを張る。俺たちの簡易テントは、本当に簡易なもので、木や岩にロープを渡し、毛織物を掛けるだけだ。寝袋が入る大きさで、風が凌げればそれで良い。あくびは暑さにも寒さにも強く、クーはどんなに狭くても甘えて入って来る。
あくびは砂漠の生き物なので、このあたりまで来ると珍獣扱いになる。エサの肉を投げてやっていたら、人が集まって来た。見世物扱いに苦笑が漏れるが、人を襲わないことをアピールする機会にはなったし『正面に立って、急に動くのは危険だ』と、注意を伝えることもできた。
それでもあくびが人に怪我をさせてしまう可能性を考えて、口輪を付け、普段は獣対策に使う鳴子をあくびの周りに張り、更に『近寄らないで下さい』と貼り紙をした。
ハルが『あくびにこんな想いをさせるくらいなら、ぼくは人のいる野営地はいやだ』と言って、むくれた。だが、パラシュが危険な生物であることは事実なので、人のいる場所での対策は必要だ。俺はあくびに不自由を強いたとしても、あくびが人を傷つけることだけは避けたかった。ハルの気持ちもわかるし、そう思うハルで良かったとも思うのだが。
翌朝は、空が白みはじめる頃に野営地を出発した。
その日の午後、夕焼けがはじまる直前に街へと到着し、あくびとクーから降りて宿屋を探す。宿屋なら、個別に区切られた厩が借りられるはずだ。それとも、船がまだ出ているなら、先にそちらへ行ってみるか?
どちらとも決めないままに、街の大通りを歩いていると、船着き場が見えてきた。
「船、出るか? もう、おしまいか?」
船頭らしき人を見つけて話しかける。
「ああ、最後に向こう岸に行くぞ。乗るか?」
「乗る。トカゲ、一緒。大丈夫か?」
「おお! すげぇな! それ、砂漠のトカゲだよな? 噛まねぇなら乗っていいぞ」
「人は不味いから食わない、言ってる」
俺がニヤリと笑いながら言うと、
「そうか! じゃあ平気だな! 他に客も来ないし、乗れよ」
と人懐っこく笑いながら言ってくれた。
船は湖面を滑るように進む。
「そのモコモコはなんていう動物だ?」
「ビークニャ。高い山のヤギ。トカゲはパラシュ」
「山のヤギに砂漠のトカゲか。おまえさんたちは、どっから来たんだ?」
「海の向こう。遠い」
「そうか異国人か。坊主、旅は楽しいか?」
ハルがこくりと頷いた。ハナはあくびの頭の上に乗って、夕陽を眺めている。
三角の笠をかぶった船頭が、櫂をのんびりと漕ぎながら唄いだす。オールのような平たい尻尾は、ビーバーのものだろうか。
お日さま追いかけて 鳥が山に帰る
耳なしが来る前に ほら、家へ帰りゃんせ
沈む夕陽があたりを茜色に染めていく。湖面に映るニセ耳付きの俺の影が、ニヤリと笑った気がした。