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考えるハル

『おまえさんたちに、良い風が吹きますように』

『この村にも、良い風が吹きますように』


 お互いの無事と、幸運を祈りあって手を振る。帰りに必ずまた寄るからと約束をした。『嫁さん、連れて来いよ!』と、猫の人が叫んだ。



 あのあと村の人たちは、それぞれ絵の礼にと、色々な物を持って家を飛び出してきた。


 それは五年ものの梅酒だったり、羊の人が自分の毛で編んだマフラーだったり、滅多に拾えない谷大鷲の風切羽かぜきりばねだったりした。一目でそれぞれが『とっておきの品』だと、すぐにわかるものばかりだ。


 俺の絵に、こんな価値をつけてくれるのか。


 この世界には写真がない。絵を描く人も少なく、商売で描く人はもっと少ない。だから俺の絵の技術や画風が、特に評価されているわけではないのだろう。


 それでも、こんなにも絵が描けることが、誇らしかったのは、初めてだった。もっと、もっともっとたくさん、この世界を絵に描こうと思った。いつか写真が発明されるまでの、それが俺の使命かも知れない。そんな風にすら、思った。


 俺の絵は、特に写実的なわけでは、ないのだけれど。



 街道に戻り、また東をめざす。



 あくびの物入れは、村の人たちにもらったもので、パンパンに膨らんでいる。大きなものや、旅に必要ではないものは、帰りに受け取る約束になっている。


 俺たちの目的地が『ザドバランガ』だと言ったら、パンダの人が『ハンパ者にも、耳なしにも厳しい土地だ』と言っていた。ザドバランガ地方は、耳なしと戦った人たちの末裔が住む地方だ。


 パンダの人は、そりゃあもう、パンダだった。俺はハルとハナに『かわいいと言うのもやめよう』と言った。だが、あれは無理だ。直立して、ポンチョ着てるんだぞ。パンダが。ハナは鼻息を荒くしていたし、ハルは少し涙目になって『抱きつきたい』と小さな声で言った。


 そういえば本屋のトリノさんが、竹林があると言っていた。そこには動物のパンダも住んでいるのだろうか。




 ハルは村を出てから、ずっと黙り込んで、なにか考え込んでいる風だった。きっと、あの村の人たちのことや、自分にはない耳や尻尾のことを考えているのだろう。


 ハル、考えろ。人間は考えるから人間なんだ。正解なんて、きっとない。自分が、どうしたいのか、考えろ。ハルが好ましいと思うもの、ハルが嫌だと感じること。


 自分が選んだものが、自分ハルを、形作っていくんだ。


 そして、いつか、一緒に理不尽に立ち向かおう。



 街道は岩山を迂回しながら、うねるように荒野を貫いている。見慣れた赤茶色の風景も、あと二、三日したら変わってくるはずだ。ザドバランガ地方は、草原が広がり、川が多く、雨が降ると聞いている。


 思えばこの世界へ来てから、荒涼こうりょうとした荒地あれちや砂漠の景色ばかりに囲まれてきた。雨はといえば、一度ドルンゾ山で嵐に見舞われたきりだ。霧雨きりさめにけぶる竹林や、雨に濡れる草原の景色も見てみたいものだ。


 未だに黙り込み、考え込んでいるハルと、ヤギ爺さんにもらった飴を、ガリガリと噛んでいるハナ。そして今日の晩飯はなにを作ろうかと、呑気なことに頭を悩ませている俺を乗せて、あくびとクーは街道を、東へと駆けてゆく。



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