傷を持つ人々
「旅の人。さっきは早く出て行ってくれと言ったが、その絵を欲しがる村のものがおるかも知れん。大したものはあげられんが、みんなに絵を見せてやってくれんか」
「好きなだけ。でも、その前に、ヤギ、連れてくる、します」
クーはビークニャという首の長いアルパカに似た動物。地球ではアルパカはラクダの仲間らしいが、この世界ではヤギだ。クーを連れに行くついでにあくびの元に戻り、ミルクと卵をしまって、ありったけの絵を持って行く。あくびは立ったまま居眠りをしていた。
村の入り口に戻ると、たくさんの人たちが待ち構えていた。ちょっとビビるくらいの人数だ。中には獣の姿そのままの人もいる。少しも人の姿が取れないとしたら、相当の苦労があっただろう。確か、あの姿では言葉も話せないはずだ。
俺はテーマパークにいる、よくできた着ぐるみのような人たちを、可愛らしいなどと思っていたことを後悔した。きっとみんな大きな傷を抱えている。ハルとハナに、それを伝えなければいけない。
「ハル。この村の人たちをどう思う?」
「人のすがたになれないと、なかまはずれにされるの? それでにげて来た人たちなのかなって思った」
「ハナちゃん、いじわるしないよ!」
「うん。ハナはえらいな! でもそうじゃない人も、きっといたんだよ。仲間外れにされて、辛い思いをした人たちだ。だから、ジロジロ見たり、かわいいって言うのも止めよう。ハナも追いかけたりしちゃダメだ」
叱られたと思ったのだろう。ハナがシュンとして、尻尾を垂らす。
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「普通にすればいいんだよ。俺たちだって、耳も尻尾もなくても、大岩の人たちやキャラバンのみんなは、普通にしてくれるだろう?」
「そんなの簡単じゃない?」
簡単じゃない人もいるんだよ。俺たちはこの世界の『当たり前』がよくわかっていない。そもそも俺たちにとっては、みんながみんな普通じゃない。
「二人とも、わかったか?」
「「ヤー《はーい》!」」
さて、日本語での会話は終了だ。ヤギ爺さんの元へ向かおう。
「待たせる、しました。どうぞ、見る、して下さい」
俺は未だに、丁寧な言い回しが苦手だ。絵をスケッチブックごと渡すと、わらわらと村の人がヤギ爺さんの周りに群がる。
砂ジャッカルの人が、砂漠の絵をじっと見つめている。熊の人がドルンゾ山の絵を胸に抱いている。ラッチェン・トット湖を、そっと指でなぞる猿の人。シュメリルールの風車小屋を、爪で差し示し子供に説明している狼の人。
喜んでもらえているのだろうか。余計な傷を増やしてしまっていないだろうか。村の人たちは手に取った絵を俺に見せにきて、俺が頷くと家へと引き上げて行った。
持って帰ったということは、気に入ってもらえたのだろう。俺はヤギ爺さんに挨拶をして、村を出ようとした。最後に、もう一度謝ろうと思い、猫の人を探す。いた、遠巻きに、俺たちの方をちらちらと見ている。絵を見にはきていなかった。気分を害しているのかも知れない。
「ハナ、ほら、猫の人に謝りに行こうな。大丈夫。お父さんも一緒に謝るから」
ぐずぐずとぐずるハナを抱いて、猫の人に歩み寄る。猫の人は、もう逃げはしなかった。
「娘が失礼、しました。本当に、申し訳ない、です」
「「カーニャ・ラザーナ《ごめんなさい》」」
「――俺には年の離れた妹がいるんだ」
猫の人が口を開いた。その姿に似つかわしくないほど、普通の、青年の声だ。
「親でさえ、俺を疎んだのに、妹だけは俺に懐いていて――。獣の姿になって、よく耳を噛まれたよ。もう十年も会ってない」
「なあ。もう一度、獣の姿になってくれないか? そして抱っこさせて欲しい」
ハナが俺の顔を見上げてくる。猫の人の言っていることを理解しているらしい。俺が頷くと、変化をはじめる。ポンチョの首の部分からシュッと飛び出して、猫の人の元へ走りよると、その胸に飛び込んだ。
「カーム、カーム! ごめんな。黙っていなくなって、ごめん」
妹の名前だろうか。猫の人の涙声が、謝ることすら出来なかった十年が、胸を締め付ける。ハナがミューミューと鳴きながら、猫の人の涙を舐める。
「私たちは、あなたの姿が、とても好きです」
俺は、フードを外して頭を晒してから、そっと声をかけた。
このお話に出てくる『ラッチェントット湖』『猿の人』は、本作の序章〜第二章を大幅に改稿した『お父さんがゆく異世界物語』の『第二章 第十二話 ラッチェン族のトット漁』に出てきます。改稿前である本作では未出の場所と人たちでした。混同してしまい、本当に申し訳ありません。
改稿版はエピソードの増減や、お話の順番は違いますが、登場人物やストーリーの変更はありません。ですが『第二章 第十二話 ラッチェン族のトット漁』のみ書き下ろしになります。気になった方は覗いてみて頂けたらと思います。
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