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街道を東へ

お待たせいたしました!


連載再開! そして終章『海をめざして』開始!


ヒロトとハル、そしてハナ。三人の旅がはじまります。あ、あくびとクーも一緒です。


さて、どんな旅路になるのでしょう。お暇な時間に少しだけ、おつき合い頂けたらと思います。









 街道を東に向かって走る。


 この世界では東のことを『ティラ・チャルジオ』と呼ぶ。ティラは太陽、チャルジオは朝の挨拶だ。今は朝の八時くらい。太陽がのぼりはじめて、朝の冷え込みが少しやわらいできた。


 ハナが手綱(たづな)を握る俺の腕の間で、眩しい光を浴びながら居眠りをしている。尻尾の毛が太陽の暖かさを含んで、ふくふくと気持ちよさそうだ。


 考えてみれば、うちの娘も様変(さまが)わりしたものだ。思春期のある日、気づいたらへそピアスをしていたなんてレベルではない。ユキヒョウの丸味を帯びた耳と、太くて長い立派な尻尾が生えているのだ。これが良く出来た付け耳、付け尻尾ならば『なにか、いかがわしいバイトでもはじめたのか? お父さん許さんぞ!』とかなんとか言ったりもするのだが、本物なので親としては複雑な気分だ。


 もっとも、まだうちの娘は三歳になったばかりなのだが。



「お父さん、おなかすいたー」


 ハルが俺の乗るあくびに並走してきて、声をかけてくる。


「朝メシにすっか?」


 食べ物に関する言葉に、ハナがパチリと目を開く。食いしん坊はナナミゆずりだ。


 俺とハルは普段、騎乗しながら弁当を食うことが多い。走っている方が安全だし、あくびの乗り心地は妊婦さんであるラーナのお墨付きだ。しかし今回の旅は三人なので、ハルはクーに乗っている。クーはビークニャという、アルパカに似た首の長いヤギだ。もこもこの毛並みと、つぶらな瞳がなんともキュートだが、まだ生後約八か月。人間でいうと高校生くらいだ。長く走ることにも慣れていない。


「水場を見つけたら休憩にしよう」


 腹がへったというハルに、ヤーモが持たせてくれたフルカを投げ渡す。フルカはハルの好きな砂漠のサボテンで、外皮がぺろりと剥きやすくてシャクシャクと甘酸っぱい。ヤーモは砂漠から持ち帰った数種類のサボテンの株を、大岩の庭の一角で栽培しはじめた。このフルカは記念すべき最初の収穫品だ。


 ハナにも小ぶりのフルカを渡す。皮は捨てるなよ、クーが食べるから。



 大岩の家を出て、キャラバンの連中の有難くも照れ臭い見送りを受けたあと、俺たちは一路街道を東へと向かっている。


 ザドバランガ地方の『トルルザ』という海辺の街を目指して旅をする。ロレンが商会のコネと行商人の情報網を使い、集めてくれたナナミに関する情報はふたつ。


『耳なしからの手紙を、トルルザの街の教会へ届けた』

『その耳なしはザバトランガ、またはミョイマー地方の海辺の街の娘さん』


 娘さん、というのが気になるが、日本人は若く見られるというのはよく聞く話だ。三十路の経産婦ではあるが、娘さんと呼ばれることがあるかも知れない。ーー、あるよな?


 トルルザの街へ行き、教会でくだんの手紙を見せてもらう。これが今回の旅の第一目標。


 手紙の主がナナミだったとしたら、十中八九が俺に宛てた手紙だろう。おそらく自分の居所いどころを知らせる為のものだ。


 ナナミの居る街の名前がわかったら、その足で向かってしまおうと思う。すでに離れてから半年以上の月日が過ぎてしまった。さぞかし待ちくたびれて、首を伸ばしていることだろう。



 ザバトランガまでの道のりは遠い。茜岩谷サラサスーンから延々と続く街道を、ただひたすらにゆく旅だ。道に迷う心配がないのと、人里からそう離れないで進めることは好材料だろう。


 あまり資金に余裕のある旅ではないので、そこそこ人の多い街では似顔絵屋を開こうと思っている。なるべく宿屋を利用して、危険な野営は極力避ける方向で進みたい。


「お父さん。あそこ! たぶん水場がある」


 額からゴーグルを下ろしたハルが言った。ハルは近頃、俺のことを『お父さん』と呼ぶようになった。以前の『おとーさん』とはニュアンスと発音が若干違う。


 ハルはひどく急いで大人になろうとしている。


 ハルのそんな精いっぱい背伸びした様子はいじらしく、時に少し痛ましい。日本にいれば、ゆっくりと少しずつで良かったのに。


 原因はハナだろう。


 ハナはユキヒョウの姿になれば、まさしくけものそのものの身体能力を発揮する。ハルより早く走り、驚くほど高い場所からふわりと飛び降り、素晴らしいバランス感覚で足場の悪い岩場を駆け上がる。ハルの英雄ヒーロー、アンガーの特性そのままなのだ。


 そんなハナと、普通の八歳児でしかない自分を比べてしまっている。少しでも大人にならないと、ハナを守れないとでも思っているのだろう。


『そのうちハルにも、立派な耳が生えてくるさ』


 少し前に、冗談まじりで言ったことがあった。


『うん。それもいいけど。でもぼくは、ぼくのままハナちゃんを守りたい』


 少し大人びた口調でそんな風に言う。驚いて、そして、ああハルは俺の子供だなと思う。頑固で、そしてすこぶる諦めが悪い。


『耳が生えたって、尻尾が生えたって、ハルはハルだ。でも――。そうだな。お父さんも、ずっとそう思っていたよ』




 この世界で、誰もが持っているものを、俺たちだけが持っていない。耳も尻尾も、高く飛べる足も、戦うための爪も、牙も。


 それでも――。ハル、できることは、まだまだあるよな。この身体のままでも。きっと二人でハナを守って、お母さんの元までたどり着こう。




「お父さんってば! ハナちゃんが水のにおいがするって言ってるよ。早く行っておべんとう食べようよ」


「とーたん、おにぎり! ばーばのおにぎり!」


 ハルが言いながら、こんもりと茂った緑色の場所目指して、街道を外れて行く。あくびが俺の方を振り返り、まるで『ちょっとぼんやりし過ぎじゃない? ホラ行くわよ』とでも言うようにクイっと首を動かす。


 俺はあくびの背中を掻いてやりながら、手綱を水場の方角へと軽く引き、ハルの後を追う。


 俺とハルとハナでゆく、海をめざす旅が、ようやく、はじまった。


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