閑話 トプル
「ヒロト、いいところに連れてってやる」からはじまる閑話シリーズ。第五弾はちょっぴり影の薄いトプルです。
そして本年度最後の投稿になります。
みなさんのおかげで、今年はとても楽しい年でした。本当にありがとう! 来年もどうか、よろしくお願いしますね!
さて、お知らせです。長らくお待たせ致しました! 改稿作業終了、そして連載再開の目処がつきました。年明け早々に改訂版の投稿をスタートします。旅日記の連載再開は、閑話シリーズを終えてからにしますね。ここで止めるとハザンがかわいそうなので(笑)
年明け一発目は、満を持して! 閑話シリーズ最後をハザンが飾ります!
連載再開もお楽しみに!
良いお年をお迎えください!
「ヒロト、いいところに連れてってやる」
ある日の夕方、トプルが大岩の家のドアを開けるなり言った。
「もう日が暮れる。危険が心配」
「シュメリルールまで行くだけだ。今夜は俺の家に泊まればいい」
おお、夜のシュメリルールか。それはちょっと楽しみだ。俺はいつも暗くなるまでには、大岩の家に着くようにしていたから、夜のシュメリルールには縁がなかったのだ。酒場がいくつかあるのは知っていたけどな。
となると、子供たちは留守番か?
「ああ、すまんな。子供は連れて行けない場所なんだ」
その代わり、と言って、トプルが取り出した箱には、色とりどりの飴細工がたくさん詰まっていた。
「「「わあーい!」」」
ハルとハナ、そしてクルミが口々に同じ歓声を上げる。
シュメリルールの飴は色々なスパイスが使われていて、味も色も豊富だ。細工もガラス職人が片手間で作るので、時々とてつもなく凝った品もある。今回トプルが持って来たのは、祝い事に贈られるような上等なものだった。
透通った赤い谷ウサギは、甘酸っぱい果汁の匂い、乳白色の谷カラスはシナモン、エメラルドグリーンの谷子猫からは、さわやかなミントの香りがした。
「あらあら、食べちゃうのがもったいないくらい、きれいねぇ」
「なかなか腕のいい職人の品だな。動物に動きがある」
爺さんが珍しく前のめりに評する。細工をしげしげと眺めている。
子供たちも手に取って、匂いを嗅いだり陽に透かしたりしている。ハナはさっそく一番大きな谷角牛にかぶりついている。ガリガリ噛んでしまい、ハルがあーあもったいない、とため息をついた。
うん。でもお父さんは、ハナのその思い切りのいいところも嫌いじゃないぞ!
それにしてもトプルは奮発したな。大丈夫なのか?
「ああ、今日はイケる気がする。大丈夫だ」
え? なにが?
「ハナとクルミにお願いがある」
トプルが真剣な顔をして言った。
「ふたりとも額にさわらせてくれ」
ちょっと、トプルさん? 事案になる前に説明してね?
「ああ、乙女の額には月神の恵みが宿るんだ」
ゲン担ぎか! トプルがどこに案内してくれるのか、わかった気がする。
トプルは神妙な顔をしてクルミとハナの額を撫でたあと、意気揚々と大岩の家を出た。
おい! 俺を連れてい行くの忘れてるぞ。
シュメリルールに日が暮れるギリギリで到着し、酒場で軽く一杯ひっかける。その後に連れて行かれたのは、案の定裏路地にある賭場だった。
シュメリルールはちょっと人口が多いだけの田舎街だ。俺は昼間の呑気な顔しか知らなかったから、こんなアンダーグラウンドな場所があるとは驚きだった。そして漂うちょっといかがわしい空気が、なんとなく懐かしかった。
うん。俺はちょっとストイックが過ぎたかも知れないな。たまにはこんな雰囲気もいいもんだ。シマは花札のような絵札のカードゲームと、八面のサイコロを使った丁半博打。トプルにルールを説明してもらいながら、まずは見物してみる。
カードゲームは役を覚えないといけないらしい。丁半博打は掛け声に独特のリズムがあり、勝負が単純なこともあって見ているだけで楽しい。トプルはカードゲームが好きらしい。
「熱くなりすぎる、ダメだぞ」と声をかけると、大丈夫だと笑いながらテーブル席へと向かって行った。
俺はどうしようかと少し悩んだが、荷物入れからスケッチブックを取り出した。ギャンブルもいいが、シュメリルールの夜の顔を描く方が面白そうだ。
トプルは意外にも、銅貨(日本円にして一枚百円くらい)数枚しか賭けずに、カードゲーム自体を楽しんでいるようだ。身を持ち崩すような勝負師じゃなくてほっとした。途中で振り返ったトプルが、
「ヒロト、なんだよ、絵かいてるのか? 勝負しないのか?」と、呆れ顔で聞いた。
「ああ、一枚だけ。あとで遊ぶ」と答えると、しょうがねぇなと呟いていた。
けっきょくその夜の勝負で、トプルは飴細工代を取り戻したらしく、上機嫌だった。俺は丁半博打に何度か挑戦して、銀貨二枚分くらい負け越したが、久しぶりの大人の夜を楽しませてもらった。
たまには父親業をお休みするのも、なかなかいいもんだな!