閑話 ガンザ
「ヒロト、いいところに連れてってやる」からはじまる閑話シリーズ。第三弾はガンザこと、ガンザールさんです。
「ヒロト、いいところに連れてってやる」
ある日ガンザが大岩の家のドアを開けるなり言った。小さな虫取り網のようなものを、何本も担いでいる。
「ハルとハナも連れていく。あとクルミも」
またこのパターンなのか。賭けでもしてるのか?
「虫採りか?」
「えっ! 虫はちょっと――」
クルミちゃんがしり込みする。この世界の昆虫は、かなりデカイのもいるので俺も苦手だ。
「虫じゃねぇぞ。もっと美味いものだ」
獲物も目的地も明らかにならないまま、馬とあくびとクーで街道に向かって茜岩谷の大地をひた走る。
「ガンザ、道具、それだけ?」
食える獲物で、弓も釣竿も要らないのに、網が必要。俺には昆虫以外に思い浮かばなかった。ゲテモノの類いでないことを祈る。
街道に出ると、シュメリルール方向へ。なんだシュメリルールへ行くのか、と思っているとガンザの馬が街道を外れていく。どうやら南にそびえる岩山へ向かっているらしい。
シュメリルールは、岩山から流れる川を挟むように発展した街だ。その上流は穀倉地帯になっていて、段々畑が広がっている。段々畑を抜け、更に上を目指す。道幅がどんどん狭く、険しくなっていき、やがて途切れる。
「あのへんまで頑張って行くぞー」
ガンザが引率の先生のように、上の方を指さしながら言った。
「「「ヤー!」」」
子供たちが声をそろえて返事をする。気分は遠足だな!
たどり着いた先は棚田のような地形の場所だった。大小さまざまな大きさの池が段々に連なり、その全てが小さな滝で繋がっている。小さな虹を作っている滝もあり、不揃いなシャンパンタワーのようなその光景に、ガンザ以外の全員が声を上げる。
「わあー! すごいきれい! 連れて来る、ガンザ、タカーサ(ありがとう)!」
「ハル坊、まだまだ、お楽しみはこれからだぞ」
ガンザが網の柄の長さを調節しながら、いつものようにガハハとおっさん臭く笑った。
「いいか? よく見てろよ」
ガンザが『パン!』と両手を打ち合わせる。
すると、小さな淡いオレンジ色の何かが、ポンと勢いよく跳ね上がる。もう一度手を叩く。今度は数匹跳ね上がり、そのうち一匹がスウ―ッと滑空し、隣の池にぽちゃんと落ちた。
「跳ね上がったところを網で掬うんだ。こいつら、ハサミが大きくてな、池を跳んで移動するんだ。面白れぇだろ?」
こぶしほどの大きさのエビっぽい甲殻類に見える。ハサミが羽のように薄く平たい。
「なんで跳ねる?」
言いながらパンッと手を叩くと、また数匹のエビが宙に舞う。ガンザから網を受け取った子供たちが、歓声を上げながらエビを追いはじめる。なるほど、これは確かに面白い。
「ビックリするんじゃねぇの? 」言いながらガンザも手を打つ。
「大きい音だとたくさん跳ねるぞ」
ハナのピタンと手を打つ音ではエビは跳ねないようだ。シュンと耳を垂らしている。
「ハル、アレ折ってくれ。ほら、大きい音のするヤツ」
「あっ! 紙テッポウ!? でも薄い紙じゃないといい音しないよ」
「薄い紙あるぞ、ほら」
俺が日本で仕事で使っていたトレーシングペーパーを取り出す。さゆりさんがお菓子を作る時に使ったきりで、まだ何枚か残っている。
▽△▽
「いっくよー!」
ハルが折りあがった紙テッポウを勢いよく振りかぶる。
パン!!!
小気味いい破裂音と共に、周囲の池が泡立つように、数え切れないほどのエビが跳ね上がる。
「すげぇ音だな、ハル坊! こりゃあエビじゃなくてもビックリして跳び上がるぞ」
一瞬臨戦態勢を取っていたガンザが、目を丸くして言った。クルミちゃんとハナが歓声を上げながら、網を持って走り回る。
「大漁だー!入れ食いだー!」
クルミちゃん、それちょっと違う。
「ハル、それお父さんがやるから、おまえも行ってこい」
ハルがヤー!(はーい)と言って網を持って走り出す。少し背が伸びた後ろ姿を見送る。この世界に来てから、ハルはどんどん強く、逞しく育っている。
全員くたくたになるまで走り回り、持ちきれない程のエビを馬に積み、意気揚々と鼻歌を歌いながら帰る。ガンザ先生引率の遠足に一同大満足の一日だった。
その日、大岩の家はエビ三昧の大変なご馳走になり、こちらも大満足の大満腹だ。ちなみにこの世界では猫科の人がエビを食べても、腰が抜けたりはしないそうだ。