表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/181

閑話 アンガー

「ヒロト、いいところに連れてってやる」からはじまる、閑話シリーズ。第二弾はアンガーです。


少しでも楽しんで頂けたら幸いです。



「ヒロト、いいところに連れてってやる」


 ある日アンガーが大岩の家のドアを開けるなり言った。骨折がようやく完治したらしく、心なしか晴れ晴れとした表情に見えないこともない。アンガーの表情は相変わらず読みにくい。


「ハルとハナも連れていく。あとクルミも」


 またこのパターンか。


「どこ行く?」


「いいもの見せてやる」


 アンガーはそれだけ言うとふわりと笑った。


「ほわぁー」


 クルミちゃんが妙な声を上げた。


「あら、やだ」


 さゆりさんが口に手をあてて見惚れる。


 アンガーは本当に滅多に笑わない。その貴重な笑顔はキャラバン内で『シロヤマユリの花がほころぶよう』と称されるほど可憐だ。本人はどうやら笑うと幼くなり、女の子のような顔になることを気にしているらしい。


 二人の反応にアンガーが憮然とした表情になる。まったく、そういうところも可愛いんだから!


「ほらほら、行こう! クルミ、ちゃんとした靴履いて。ハル、ハナ行くぞ!」


 ぶーたれたアンガーも促して大岩の家を出る。



 ハルはクーに乗り、俺とクルミちゃんがあくび。ハナはまたユキヒョウ姿で俺の肩だ。長い尻尾をクルミちゃんがもふっている。


「ハナの尻尾はたまらんね~。あーたまらん。くぅ~」


 サウナの後にビール飲んだ時の、ナナミみたいなこと言ってる。クルミちゃんは最近、ようやく俺たちに対する敬語が抜けてきた。俺も意識的に気安く接する。家族ごっこも本気でやれば、けっこう本物っぽくなるものだ。クルミちゃんはまだ十二歳。異郷の地で他人に囲まれた暮らしが、平気な年齢ではない。


 俺が考えごとをしているうちに、目的地に着いたらしい。アンガーが馬から降りて、手綱を岩サボテンに繋ぐ。


 目の前には『ドーン!』とSEが聞こえそうな岩山がそびえている。もしやここを登れと言うのだろうか。


「着いた。登ろう」


 言った。


「大丈夫、ほら」


 アンガーが指差す方を見ると、縄バシゴがかけてある。


「クルミは俺が背負う。ハルはヒロト。ハナは大丈夫だな?」


 ハルが口を尖らせて言う。


「ぼく、自分で登れる」


「私は無理です! アンガー、マッセトーヤ(よろしくとかお願いねという意味)!」


 おお、潔いな! クルミちゃんは本当にためらわない子だ。決断が早い。


 ハナが俺の頭を蹴って、岩山の足場へと跳んだ。尻尾を左右に振り、楽しそうだ。ハナ、今ガリってなったから! 爪、頭に食い込んでお父さん流血してるよ。


 まったく、ユキヒョウ幼女の父親も楽じゃないな。


 アンガー、ハル、俺の順番でハシゴを登りはじめる。ハル、下見るなよ! ハナはあっという間に頂上付近までたどり着き、人の姿に戻って裸で手を振っている。


 ダメ! ハナ、危ないから人間ダメ! 早くユキヒョウに戻って!


 ハルが歯を食いしばって必死にハシゴを登ってゆく。近頃のハルは時々こんな風になる。自分がハナよりも足手まといかも知れないとか、ハナちゃんズルイとか、でもハナちゃんはぼくが守るとか、色々葛藤(かっとう)があるらしい。少年の悩みはかくも眩しくほろ苦い。


 汗だくだくになりながら、ようやく頂上に登り切る。先に着いていたアンガーとクルミちゃんが、低木に身を隠すようにうずくまり、手をひらひらとさせながら俺たちを呼ぶ。


 見ると、洞窟があり、中から茶色い毛の塊がポロポロと飛び出してくる。


 谷子猫の親子だ。谷子猫は、子猫のように小さい猫で、岩山や洞窟に住んでいる。それはそれはキャルカ(可愛い)な動物なのだが、臆病で用心深い性質なので、なかなか近くで見ることができない。ましてや子供連れなど初めて見た。


 親でさえ地球産の子猫サイズ。子猫はマグカップに入るだろう。親猫の尻尾にじゃれついてはコロコロと転がっている。これは眼福だな。


 クルミちゃんが真っ赤になって、口をパクパクして身もだえる。


(触りたい手のひらに乗せたいスリスリしたぃぃぃ!)


(ちっちゃくて、ふわふわだ! だっこしたい!)


(かーいーねー。ハナちゃんもだっこしたい!)


 いつの間にかまた人の姿に戻っているハナに、物入れからポンチョを出して被せる。


(二、三匹捕まえて帰るか?)


 アンガーが三人に聞いた。


 一瞬目を輝かせた三人は、幸せそうにじゃれ合っている岩子猫を眺めてから、


(ダメ、そんなの可哀そうだよ)


(うん、見てるだけでいい)


(ハナちゃんも、がまんしゅるよ)


 と、口々に言った。


 岩子猫はしばらくの間、ふくふくと膨らみながら日向ぼっこをしてから、やがて洞窟の中に戻って行った。


「また来よう。そのうち仲良くなれるかも知れない」


 アンガーがそう言うと、三人は間髪入れずに声をそろえて言った。


「「「うん、また連れて来て!」」」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ