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閑話 ヤーモ

ご無沙汰しております。連載をお休みして二週間。どうにも更新したい病が末期なので、閑話をお届けします。「いいところに連れて行ってやる」シリーズ。キャラバンの面々や、大岩の家族が、ヒロトたちに茜岩谷のちょっと良いところを案内してくれます。


改稿作業を圧迫しない程度に、週に何度か更新していく予定です。


少しでも楽しんで頂けると幸いです。



「ヒロト、いいところに連れてってやる」


 ある日ヤーモが大岩の家のドアを開けるなり言った。いつも眠そうに(ゆる)んでいる目が、パッチリと開いている。のんびり屋で大きな声を出すことも少ないヤーモにしては、珍しく興奮した様子だ。


「ハルとハナも連れて行く」


「なんだ? どこ行く?」


アッサンテ(ナイショ)。着いてからのお楽しみ」


「危険、ないか?」


「うん、大丈夫。少し遠いから、あくびで行こう」


 早く早くと急かすヤーモに、引きずられるように大岩の家を出る。そろそろ夕方の風が吹きはじめる時間だ。


「ヤーモ、日が暮れる。危険」


 ユキヒョウ姿のハナを肩に乗せ、ハルと一緒にあくびで走る。ヤーモは馬で並走している。


「うん、もうすぐ月が昇る。そしたら、はじまる」


 はじまる? なにが?


 ヤーモが馬を止めたのは、大きな洞窟の前だった。


「行こう。あんまり時間がないんだ」


 ヤーモは馬をつなぐと、さっさと洞窟の中に入って行った。


 洞窟に入ってしばらく行くと、外の光が入らなくなり真っ暗になった。ピチョーンと水滴の落ちる音がして、ハルが俺の腹のあたりにしがみついてきた。


「おい、ヤーモーー」


「しーっ。ほら、はじまる」


 ヤーモの言葉が終わらないうちに、ポッと小さな灯りがともる。淡く黄色いその灯りは、蛍のようにゆっくりと点滅を繰り返している。しばらくすると、まるで何かの合図があったみたいに、次々とともっていき、柔らかな光の波が、寄せては返すように揺らめいた。


「この、光りはじめる時が、一番きれいなんだ」


 肩に乗ってミューミュー言っていたハナの重量がズドンと増す。人の姿に戻ったのだろう。ハナ、首、首絞まってるから!


「ちれいー(きれい)! しゅごいねー!」


「すごーい! ヤーモ、ヤーモ! あれなあに? キノコ?」


 ハナが日本語で、ハルが異世界語でそれぞれ歓声をあげる。


「ハルもハナも、しーっ。キノコがびっくりしちゃうよ」


 ゆっくり点滅していた光が徐々に赤に変わり消えていく。警戒色なのか?


「うるさくしたから、おこってるの?」


「大丈夫、見てて」


 ヤーモが物入れからサンポーニャを取り出した。サラサスーン地方の人たちがよく吹く、風の音にとてもよく似た笛だ。


 低く、単純な音階を繰り返す。ゆっくりと辛抱強く、穏やかに響くその音は、どこかヤーモに似ている。


 小さなキノコのまん丸い傘の部分が、ポウッと微かに光りはじめる。光のさざ波がゆっくりと揺れる。


 やがて、キノコの傘の部分が珊瑚の産卵のようにたわみ、一斉に胞子を吐き出しはじめた。


 パフンという気の抜けた音と一緒に吐き出されるオレンジ色の光の粒は、霞のように漂って消えていく。


 ハナが息を飲むように「わー」の形に口を開く。ハルがしーっ、と口に指を当て、後ろから抱きしめた。


「この季節の、最初の満月の晩だけ見られるんだ。間に合って良かった」


 ヤーモが囁くように言い、また笛を吹きはじめる。


 俺たちはその天然の光のショーを、BGM付きで贅沢に、心ゆくまで楽しんだ。


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