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旅立ち

「ハル、忘れ物ないか、もう一度確認するぞ」


「うん、おとーさん。でも、もう三回目だよ」


 俺とハルで、持って行く物リストを片手に最後の指差し確認中だ。


 二回目の確認の時、ハナが鍋や食器類を全部出して、空いたスペースにすっぽりと収まっていた。どうやらまた置いて行かれると思っていたらしい。物入れに爪を立て、出すのに苦労した。


 今度は一緒に行くからと説明すると、人の姿に戻ってから、「ハナちゃ、もーおいていかれない? ほんと?」と何度も聞く。


「ハナちゃ、いい子にするから。おいていかないで」


 そう言われた時には、胸が潰れるかと思った。いい子になんてしなくていいんだ。ハナは全く悪くない。悪いのは弱くて自信のない、俺だ。


 今まで本当に辛い想いをさせてしまった。「一緒にお母さんを迎えに行こうな」と言うと、「はーい!」と大きな声で言って両手を上げ、ぴょんぴょんと飛び上がってから、またユキヒョウの姿になった。




 荷物はなるべく減らしたが、譲れないものもある。乾燥させた薬草類、アロエの蜂蜜漬け、手拭いは多めに持つ。着替えは下着類を除いて二セットのみ。一セット分はジッパー付きビニール袋に入れてある。今回の旅は雨や水の多い場所となるので、その対策だ。暑さ寒さはポンチョと被り布(フィーヤ)で調節する。今の季節なら、ザドバランガ地方もそう寒くはないらしい。


 雨具は、油を引いた布で組み立て式の傘を作った。チョマ族のテントを参考にして、ディエゴさんに細かいところまで教えてもらったので、会心の出来だ。いや、作ったのはリュートとじーさんなのだが。


 そういえば、俺たちより少し前に、パラヤさん一家がドルンゾ山に向けて旅立った。ご主人のディエゴさんの出身であるチョマ族に会いに行くらしい。俺のラッカを見て決心が付いたらしく、約二十年ぶりの帰郷だそうだ。ディエゴさんは訳あって翼を傷め、飛べなくなったチョマ族の人だとか。


 ハルがチョマ族の放牧地に立ち寄った時に、友達になったアープに手紙を書いていた。俺もラッカを譲ってくれた人によろしくと伝言を頼んだ。ディエゴさんは言わなかったし、俺も聞かなかったが、俺の持つラッカはたぶん元はディエゴさんのものだ。兄弟の再会が暖かいものになる事を、祈らずにはいられない。


 さゆりさんが作ってくれた弁当を持ち、装備をもう一度確認してから大岩の家を出る。キャラバンの連中への挨拶は済ませある。見送りは勘弁してもらった。俺はすぐに湿っぽくなってしまうから。



「気をつけていってらっしゃい」


 さゆりさんがハルとハナを抱きしめて言う。


「ヒロト、危険には近づかないで。あくびの様子とハナの尻尾を信じて」


 リュートが言いながらハルとハナを抱く。


 ああ、俺とハルにはない野生の本能を頼らせてもらう。


「無理せず、ダメだと思ったら帰って来い。誰も笑わない」


 じーさんが言う。それは、出来れば避けたい事態だ。今は考えたくないが、ありがとう。


 ラーナが革紐を編んだお守りを三つ渡してくれた。


「無事にナナミさんに会えますように」


 ラーナも身体を大切にしてくれ。帰って来る頃にはお母さんだな。


「私は大丈夫ですから。ハルくん、ハナちゃん、ヒロトおじさま、いってらっしゃい」


 クルミちゃんが少し緊張した様子で言った。


 ちゃんと勉強もやれよ。出しておいた宿題終わらせておけよ!



 ハルはクーに乗る。ハナと俺はあくびに乗る。


「行ってきます」

「行ってきまーす!」

「ってまーす!」


 手を振り、大岩の家からまずは街道に出る。街道に出たらひたすら東を目指す。


 大岩の家が見えなくなると、ハナがアンガーに教えてもらった、ラーザの童歌わらべうたを歌いだした。ハルも途中から一緒に歌う。クーの首につけた小さな鐘が、拍子を取るようにカランカランと鳴る。あくびがちらりとクーと見て、無邪気で可愛いわね、とでも言うように、うんうんと小さく頷いた。


 風がハナの真新しい旅用のポンチョを、巻き上げるように吹いた。ポーニャサランの笛のそのままの風の音が、二人の歌声を乗せて茜岩谷サラサスーンを渡って行く。


 ふと顔を上げ、あーあ、と声が出た。


 街道の西側にある崖の上に、見慣れた奴らが勢揃いしていた。


 顔がはっきり見えるほど近くはない。声がやっと届くくらいの距離だ。こんな距離で見送る事を選んだのは、湿っぽいのが苦手な俺への配慮だろうか。それとも号泣してるらしいハザンのせいだろうか。


 ハナが全員の名前を叫び、あくびの背中で立ち上がり手を振る。ハルも大きく手を振る。俺はポンチョのフードを目深に被り、拳を握り、片手を高く掲げた。ハルとハナが俺の真似をする。奴らも拳を掲げる。


 そんなに心配するなよ。大丈夫、うまくやるさ。


 そんな想いを伝えるつもりではあったが、我に返ると、どうにも気恥ずかしさに耐えられなくなった。手綱を引き、あくびの歩を早めてしまったのは勘弁して欲しい。



 旅立ちの朝の、なんとも締まらない出来事だ。

本話をもちまして、第五章はおしまいです。閑話を挟んで終章がはじまります。


ヒロトの旅を最後まで見守って頂けると幸いです。

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