海をめざして
ロレンは自分の家の商会の名前を使って、行商人のルートで『海辺の街の教会にいる女性の治療師、又は言葉が話せない女性』という条件に当てはまる情報を集めてくれていた。
砂漠からサラサスーンへ戻ったタイミングで入ったのは『海辺の街で耳なしの娘さんから、教会宛の手紙を預かった』という有力情報。
そして今、おそらくロレンは、俺が目指すべき街の情報を持ってきてくれた。
「ヒロト、ハル! 以前、教会宛の手紙を届けたと言っていた行商人と連絡が取れました。どうやら、耳なしから預かった手紙らしいです」
声を潜めて耳元で囁く。設定上俺の耳はフードの付け耳なのだが、実際の耳のあたりで囁いているロレンは、実は慌てているのかも知れない。
「おかーさん、どこにいるかわかったの!?」
「ハルくん、ナナミさんかも知れない耳なしさんです」
ロレンがハルの耳に口を寄せる。だからそこじゃない、もっと上だ。まあ、いいか。
ハルがこそばゆそうに首をすくめてから、俺の方を見て頷く。
「その耳なしの場所は?」
「間に人が入っていますからね。わからないそうです」
「手紙、届けた街、名前、わかるか?」
「はい。ザドバランガ地方の『トルルザ』という海辺の街、そこの教会へ手紙を届けたそうです」
「そうか」
そこに行けば、耳なしからの手紙の内容を教えてもらえるだろうか。手紙を見せてくれるだろうか。ナナミからの手紙だとしたら、俺に渡る事を想定したものだろう。行ってみる価値はある。
「行きますか」
「ああ、行く。ロレン、たくさん、ありがとう」
「ザドバランガは黒猫の英雄譚の舞台となった地方です。耳なしは悪の権化ですよ」
「うまくやる」
「せめてハザンかアンガーを連れて行きませんか」
「奴らにも生活、ある」
俺の事情に巻き込むにも限度がある。なによりも、俺は対等でありたいと思っているのだ。付いて来てもらうのも、金を払って守ってもらうのも真っ平御免だ。
俺のそんな強がりのような、子供じみたプライドは捨てるべきだろうか。ハルとハナを守る事が、俺に出来るだろうか。そもそも危険な旅に、ふたりを連れて行く必要があるだろうか。
ふたりの寝顔を見ながら、毎晩のように自問自答した。
俺は、もうハナの手を放す事は出来ない。ハルが一緒でなければ、旅立つ意味があるとも思えない。なにが正解かなんて、きっと全て終わったあとにだって、わからないだろう。だったら、やってみるさ。
三人でナナミを迎えに行こう。俺とハルとあくびで、ハナを守ろう。俺に出来る精いっぱいで、ハルとハナを守ろう。
それしかないじゃないか。
「ありがとうロレン。でも、決めた事なんだ」
準備が出来次第、ザドバランガに向けて旅立とう。三度目になる旅も、やはり海を目指す。
『七海』を探して海を目指すのか。まさか、七度目の旅じゃないと見つからないとかいうオチじゃないだろうな。そんなダジャレじみた事を考えて、ついため息が出る。
七回でも八回でも旅立つさ。そんな覚悟は転移初日に出来ている。あとは見つけるだけだ。ナナミは逃げも隠れもしていない。鬼ごっこより、隠れんぼうより簡単じゃないか。




