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ナナミ編 ヒロトの絵

ヒロトサイドの皆さんが長考にはいってしまったので、ひとまずナナミ編をお届けします。









 ある日、教会を抜け出した私が路地裏探検を楽しんでいると、大きなふさふさたれ耳のおじいさんが階段に腰掛けて日向ぼっこをしていた。


 私は「こんにちは(ティラ・カラシ)」と、あいさつをしながら脇を通り過ぎようとした。


 ふと、おじいさんの膝の上にある、手紙らしき紙とカラフルな絵が目に入る。柔らかな線をいくつも重ねるように描かれた、淡い色合いの絵。おくるみに包まれた乳児を抱いた、お母さんらしき女の人の絵だ。



 これ、ぜったいに、ヒロくんの絵だ。



 私がヒロくんの絵を見間違うはずがない。


 私は深呼吸をしてから、おじいさんの隣にストンと腰を下ろす。


「こんにちは、おじいさん。その絵、見せて。壊す、しない」


 もう一度深呼吸をする。ダメだ、逸る気持ちが抑え切れない。きっと鼻息が荒くなっている。不審者と思われたらどうしよう。


「教会の娘さんだね? こんにちは。うちのばーさんが世話になったねえ」


「おばあさん? シャオランさん?」


「そう。腰が痛い時の体操を教えてもらって、ずいぶん楽になったと言っていたよ」


 腰が痛いと言っていたおばあさんだ。『チーヤ(軽い、又は大変の対義語)』と言っているから、少しはラクになったのかな?


「伸びる、揺れる、大切! こうやる、おじいさんも、やる!」


 この世界の人は、普段から爪先立ちで歩く事が多い。 そのせいで膝が曲がり、背中が丸まる。年を取ると腰を悪くする人が多いのは、そのせいではないかと思っている。おじいさんにストレッチをうながす。


「ほほう。こうかい?」


「急ぐ、だめ。ゆっくり、ゆーらゆーら、ぐーん」


 ふたりで階段の一番上で、海を見ながらストレッチにきょうじる。ああ、今日も海がきれいだ。


 ふわりと吹いた潮風に、丸まった便箋びんせんがカサリと音をたてる。そうだ。ヒロくんの絵だ。


「おじいさん、絵、見たい。いいか?」


「嫁に行った娘に子供が産まれたらしくてね。絵を書いてもらったと、手紙をくれたんだ」


 おじいさんは、そう言いながら絵を渡してくれた。アイナ赤ちゃん(ウーニャン)手紙メラルカ。よし! なんとなくだが了解だ!


「タカーサ(ありがとう)」と絵を受け取る。


 ああ、ヒロくんの絵だ。赤と青のバランス、黄色の使い方。ふふ、ここで鉛筆えんぴつけずったのね。少し線が細くなってる。ヒロくんはやっぱりこの世界でも絵を描いている。私の大好きな、あの手は色鉛筆を握っている。


「おやおや、娘さん、どうしたんだい?」


 ポトリと涙が落ちてしまい、おじいさんを心配させてしまった。


「この絵、描いた、知ってる人」


「有名な絵描きさんなのかい?」


 すっかり手汗をかいてしまった。大切な絵を湿らせてしまう。大丈夫、涙も鼻水も絵には垂らしていない。


 首を振りながら絵を返す。


「有名、違う。好きな人」


『夫』と言うと大抵の人はびっくりするので、最近はそう答えるようにしている。色々事情が込み入っていて説明が面倒くさいし、ボギャブラリー足りない。かなり気恥ずかしいが、まあおおむね間違いではない。


 おじいさんが微笑ましものを見るような目をする。くっ、なんたる羞恥プレイ。


「娘、どこ? 絵、手紙、どこ?」


 身振り手振りを加え、私の知りたい事を伝える。私は、その絵がどこで描かれたかのかを、知りたい。


「ああ! それが『ナナミ踊り』かい! ばあさんが言っていたよ!」


 シャオランばーさん、絶対誉めてないよね! くそう、今度来たら足ツボマッサージの刑だ!


「うちの娘が嫁に行った場所かい? とても遠いところだよ。確か、赤い谷? 岩だったかな?」


茜岩谷サラサスーン!」


「ああ、そうそう。サラサスーンだ」


 ヒロくんの輪郭がはっきりと見えてくる気がする。ヒロくんは『サラサスーン』にいる。絵を描いている。そして、私を探してくれている。もりもり力が湧いてくる。今なら教会前の階段を、一気に駆け上がれるかも知れない。


「ナナミ、絵を持って行くかい? 大切なものだから、あげる訳にはいかないけど、しばらく持っているといい」


 絵を、貸してくれるって言っている気がする。


「だめ、大切。また来る。見せて。ウーニャン、とても可愛い。アイナ、元気そう! イイ絵!」


「そうだね。とても良い絵だ。また、いつでも見においで」


 タカーサ、と言っておじいさんに手を振る。そろそろ教会へ帰らないと、またルルに呼ばれてしまう。曲がり角を曲がろうとすると、おじいさんに呼ばれた。


「ナナミ! 教会はそっちじゃないぞ!」




 おじいさんはゆっくりと立ち上がると腰を伸ばし、そのあと教会まで送ってくれた。



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