分岐点
じーさんに色々と質問しながら、再び忌み地へと向かう。
俺やリュートが思った通り、大岩の家の壁が開くギミックは、忌み地の隠し扉を参考にしたり、材料を持ち出したりして作ったそうだ。テコの原理とリール、空気圧を利用しているらしい。リュートもロレンも、メモを取りそうな勢いで質問を挟みながら、真剣に聞いていた。
俺とハルのゴーグルにも、忌み地の技術の応用らしい。そう言われてみればピントが調節できる機能なんて、この世界では見た事がない。
「ねぇ、父さん。母さんとは忌み地で逢ったの?」
「ん? ああ、忌み地からの、帰り道だな」
さゆりさんは小高い岩山の頂上に腰を降ろし、キャベツを食っていたらしい。
そういえばスーパーで、キャベツを手に取った瞬間に転移したと言っていた。
「血だらけの素足をぶらぶらさせて、泣きながらキャベツを食っていた」
なんだろう。じーさんはまるで甘酸っぱい想い出みたいに話しているのに、シュール過ぎてリアクションに困る。
「バカみたいに踵の高い靴を持っていてな、あんな靴で茜岩谷を歩けるはずがねぇ」
夏だったはずだから、きっとミュールかサンダルを履いていたんだろう。
「空飛ぶ船から落ちた、耳なしの子供の話があっただろう?」
『耳なしクロル』。クロルは船から落ちたのか。俺の読んだ絵本には書いてなかったな。
「あんな感じかなと思って、連れて帰った」
ほほう。連れて帰って嫁にした、と。
日本の昔話の『天女の羽衣』みたいだな。あの話はハッピーエンドじゃなかった気がするけど。
なんだか一同に照れ臭い空気が流れはじめた頃、馬が嫌がりはじめた。音の聞こえる範囲に入ったのだろう。俺とあくび以外は全員が顔を顰めて耳を伏せている。爬虫類の可聴域(聴こえる範囲)はわからないが、案外狭いのかも知れない。
馬が興奮して棹立ちになる。もうこれは、走り抜けてしまった方が良いだろう。馬の耳に布切れを入れ、半ば無理やり走り抜ける。
しばらく走るとみんなから、ふっと力が抜ける気配がした。音のする範囲を抜けたのだろう。馬を並足に戻し、耳の布切れを外している。
じーさんが慣れた様子で更地に馬を進める。俺たちはまだ少しおっかなびっくりだ。
適当な感じで馬を岩に繋ぐ。俺はあくびを馬から離れた場所に繋ぐ。あくびは馬に興味を示さないが、馬はやはりあくびが近づき過ぎると迷惑そうにする。そう怯えている様子でもないのが、どうにも興味深い。
「見てろよ、凄いぞ」
じーさんが壁にひたひたと手の平を当て、グッと押し込む。
カシューンカシューンという空回りするような音が何度か聞こえ、ウィーンという途切れ途切れの駆動音が鳴る。そして、ゆっくりと拳ひとつ分くらいの隙間が開いた。
「こっからは手動だ。そっち頼む」
二手に分かれて岩壁をスライドさせるように引く。抵抗するような重みがあるが、それを無理やりこじ開ける。
ようやくひとり通れる分開き、ごくりと唾を飲み込むようにしている俺たちを、じーさんが手で制してから言った。
「これから言う事は年寄りの戯言だ。決めるのも変えていくのも、おまえら若いもんだと思う。でも、俺は言わないわけにはいかない」
「この中にあるもんは、俺やリュートみてぇに、面白いもんが作りたいヤツや、ロレンみたいに便利な世の中になればいいと思ってるヤツには、まさに宝の山だ」
「俺も若い時見つけて、笑いが止まらなかった。わからねぇもんもいっぱいある。ほとんどがそんな感じだ。さゆりはそのへん、全然役に立たなかったしな。あいつは機械の事はからっきしだ」
「だが、今はヒロトがいる。このままヒロトと一緒にこの部屋に入ったら、色々使えるもんが見つかっちまうかも知れねぇ」
「とんでもねえもんが、作れちまうかも知れねぇ」
俺はこの世界に、地球のやり直しを強要しているのかも知れない。俺たちが出来なかった理想を、後戻り出来なかった未来を押し付けているのかも知れない。
だが、俺も言わずにはいられなかった。
「俺の故郷、世界を壊す武器がある。大きな戦い、何度もある。人間が殺し合っている」
じーさんが言った。
「この部屋に入るには、覚悟が必要だ」
『自分で選べ!』