忌み地 ①
砂漠から戻って一週間くらい経った日の事だ。
俺はどうしても行かなければならない、と思う場所があった。
俺たちがこの世界に飛ばされた日、アホみたいに呆けて、どうしたら良いかわからず立ち尽くした場所。大岩の家から真っ直ぐ西の方向にある『忌み地』と呼ばれる場所だ。
鳥も動物も近寄らない、呪われた土地だと言われている。大きな怪物が出るとか、怖ろしい事が起きると言われているらしく、旅人も避けて通る。
耳なしに関わりのある土地だという説もあり、時折り教会の人間が巡礼に行き、みんな帰って来ない、そんな噂もあるらしい。サラサスーン地方の『忌み地』に対する認識は『ヤバイから近寄るな』だ。
怪しい事この上ない。
『たぶん、何かある』。俺はそう思っていた。俺たちの住んでいた地球とつながる何かがある。歪んだ空間の入り口とか、次元の狭間とか。俺の想像はB級SF映画並みに幼稚なものだったけれど、俺たちだけでなくさゆりさんも同じように、飛ばされて、立ち尽くした場所だ。
あの場所に何かある可能性は高いと思う。
今まで近寄らなかったのは『今は帰るわけには行かない』から。そこに行きさえすれば、すぐさま地球に帰れると思っているわけではないが、ナナミを迎えに行くまでは、家族が全員揃うまでは、近寄りたい場所ではなかった。
今はクルミちゃんがいる。ご両親の事を考えると、なんとか無事に帰してやりたいと思う。忌み地にそのヒントみたいなものがあるなら、探しに行かなければならない。
俺は自分で言うのもなんだが、とても臆病だ。良く言えば用心深い。石橋は何度も叩く。落ちた時の事を何通りも想像して、それに備えるような人間だ。今回の調査は『危険には近づかない』をモットーで行こうと思っている。とりあえずの様子見だ。
ちなみに、ナナミは『石橋が壊れたら、落ちる前に渡り切る。落ちたら泳げばいい』みたいな、勢いを大切にするタイプだ。俺はハラハラしながら、浮き輪やロープや着替えを持って、こっそり後を着いて行く。ナナミも良い年なんだから、そろそろ落ち着いて欲しいな、とか思いながら、そんなナナミが羨ましくて、面白くて仕方ない。ナナミに振り回される事こそ、俺の本望なのだ。
この世界に飛ばされる直前にも『辺境医療に携わりたい。沖縄の離島に行きたい』と言っていた。俺は会社勤めではないし、絵はどこにいても描けると思っていたので、具体的に話し合っていた矢先の転移だった。ナナミが海辺の教会で、医療師をやっているとしたら、ある意味夢が叶ったようなものかも知れない。
『忌み地の謎を探りに行く』と言ったら、リュートとロレンが着いて行くと言い出した。危険には近づかないつもりだが、やはりリスクはあるだろう。危険が目に見えるとは限らない。
「猫族の危険察知能力は大したものですよ」と、ロレンが言った。
なんでも、尻尾の毛が逆立つ感じがするのだと言う。
「ああ、わかるな。静電気みたいな感じだ」と、リュートが言い、ふたりでうんうんと頷き合ったりしてる。
尾てい骨しか持ってない俺には、全然わからない。ロレンのうねうねと自由に動く尻尾は、ハルではないがさすがに少し羨ましい。そういえばユキヒョウは、びっくりすると尻尾を噛んで落ち着こうとするらしい。一体どういう事か、さっぱりわからない。
危険があるのに、なぜ着いてくるのか聞いてみた。二人は声を揃えて「面白そうだから」と言った。『好奇心は猫も殺す』ってことわざ知ってるか?
念のため完全武装して、子供たちに見つからないように出かける事にした。見つかったら二人と同じ理由で、着いて来たがるに違いないからだ。
俺はあくびに乗り、ふたりは馬で行く。俺たちがあの日辿った、途切れ途切れの細い道を行く。
二時間程走ると、ロレンが「ヒロト! 止まって!」と叫んだ。
見ると、ふたりの尻尾が見事にぶわっと逆立っている。
「どうした? なにかあるか?」
「動物も鳥も見当たらない。忌み地に入ったのかも知れない」




