収穫祭 ★
ハロウィンなので、収穫祭のおはなしにしてみました。でも作者は、なまはげの方が好きです。
「たーの、たーの(痛いの、痛いの)、とんでけー! おやまに、とんでけー!」
日本の伝統的な回復魔法である。
うちの回復術師が、厳かに両手を上に挙げる。俺の全身の筋肉疲労を、ドルンゾ山の彼方へと飛んで行かせる、究極魔法だ。素晴らしい!
「ハナ、ありがとう。お父さん、すごく楽になったよ」
「たーの、とんでった?」
ハナが両手を上げたまま、上半身を45度に傾けて聞く。
「ほーら、お父さん元気になったぞー」
ハナを抱き上げて高い高いをしながらクルクル回る。イチャラブである。ヤーモとトプルが若干引いているが気にならない。
おまえらも子供が出来れば、絶対やるからな!
各種特訓をはじめて二週間。俺も、連中も、正直こんな付け焼刃が、身に着くと思っている訳ではない。たぶん奴らなりの餞なのだろう。毎日順番に大岩の家を訪れては、ハルやハナと遊んだり、クルミちゃんのレッスンを眺めたり、じーさんの手仕事を手伝ったりしている。そして日々、俺にダメージを蓄積させて、満足そうに帰って行く。
おかげで俺は、金を稼ぎに行く暇がない。せめて内職的に絵を描こうとは思うのだが、最初の数日は、腕が笑ってパステル(クレヨンに似た画材)を持つ事さえままならなかった。今は晩メシを食いながら、もう眠くなる。何度かドラム缶風呂の中で居眠りをして、溺れそうになった。
まあ、一朝一夕に身に着くものではなくても、無駄ではないと思っている。なにより奴らの気持ちを、有難いと思った。遠慮会釈なく、踏み込んで来る人間関係など、学生時代以来だ。都会での生活は良くも悪くも個人主義だった。
押し付けがましくて、うっとおしい。面倒くさくて、気恥ずかしくて、暑苦しい。そして暖かくて、懐かしい。きっとこれが群れて生きるという事なんだろう。
厳しいこの世界では当たり前な、そんな生き方が、俺にはやけに眩しく感じた。眩しくて、手放し難い。ナナミが編んでくれた不恰好な手袋みたいだ。
そんなこんなで慌ただしく過ごしている間に、季節は夏から秋へと移り変わる。
シュメリルールの街では、秋を迎えての収穫祭が行われるらしい。季節感の乏しい乾燥地帯であるサラサスーン地方だが、秋はやはり実りの季節だという。何より、この世界での米である『アマラン』と、麦に似た『キヌラ』の収穫がある。
アマランは高さ二メートルにも育つ植物で、紫色の毒々しい花を付ける。その花の中の穀粒が、炊き上げるともちもちと米に似た食感となる。キヌラはゴマ粒ほどの麦に似た雑穀で、アマランに混ぜて炊いたり、粉にしてパンを焼く。シュメリルールの風車小屋は、キヌラを粉に挽くための小屋だ。
俺やさゆりさんが『小麦粉』と呼んでいるのは、実はキヌラの粉だったりする。両方ともとても乾燥に強い植物で、トマトやジャガイモと並びサラサスーン地方の台所を支えている。
祭りでは太陽神におにぎりやパンと、感謝を捧げる。イラティラはおにぎりやパンを受け取ったら、『トゥロラン』という、サラサスーン地方の伝統的なお菓子をお礼にくれるので、子供たちはイラティラに扮している大人を、街中走り回って探す。そんな感じの祭りだ。
大岩の家では子供たちの晴れ着に刺しゅうしたり、イラティラが被る帽子を作ったりと祭りの準備に大忙しだ。何しろ子供の数が多い。パラヤさんのうちの双子のファラとミラーに、うちのハル、ハナ、クルミちゃんの五人。今年はリュートがイラティラ役をやるので、大量のトゥロランも作らなくてはならないらしい。
この祭りは子供はとても楽しそうだが、大人は非常に忙しい。
パラヤさんとさゆりさん、助っ人に呼ばれたラーナは、一日中刺しゅう針を握っているので、家の事や食事は俺とパラヤさんの旦那さんのディエゴさんで切り盛りした。
子供たちは、祭りでやる劇の練習をしている。女性陣はそれを眺めながら、楽しそうに針を動かしている。どんな祭りも、準備が忙しければ忙しいほど、楽しかったりする。
ディエゴさんが、
「まあ、子供と女が笑っているのが良い家だ」と言って、大量の肉をフライパンに入れた。
俺は大鍋のスープを皿によそいながら、睡魔やら筋肉痛やらと戦っていたが、実は祭りをとても楽しみにしている自分に気付いて、子供みたいで少し恥ずかしくなった。
収穫祭当日、夜が明ける前の暗いうちから、台所は戦場だった。
太陽神に捧げるおにぎりとパン、それとサラサスーン地方伝統のお菓子『トゥロラン』を大量に作らなくてはならない。
朝の台所は冷えるので、妊婦であるラーナは刺しゅうの仕上げを受け持っている。俺がおにぎり、パラヤさんがパン、さゆりさんがトゥロランを作る。
トゥロランは薄いビスケット生地に、果物のシロップをたっぷりとかけたものを重ねていくお菓子だ。間にナッツ類や果物、赤カボチャのペーストを挟む。挟むものはそれぞれの家庭によって違っていて、食べると顔も手も、べとべとになる。非常に甘いが子供の大好きなお菓子だ。
「うちのトゥロランは甘さ控え目がモットーなのよ」
お菓子は子供が食べるもの、というのがサラサスーン地方の一般的な常識なのだが、大岩の家は日本人の感性が生きている。大人もお菓子は大好きだし、普段からよく作る。さゆりさんのフィナンシェは絶品だ。
焼きたてのビスケット生地に、梅と枇杷のシロップをかける。どちらも庭の木になる果物で、もちろんシロップも手作りだ。このシロップは少し煮詰めてジャムにするとパンにも合うし、薄めてジュースにしても美味い。
「ビスケットの間は何を挟もうかしら」
さゆりさんが独り言のように呟くと、あちこちからリクエストが飛んで来る。
「ぼくゴマが好き!」「私は緑豆!」「ナッツたくさん入れて」「おにくがいいー!」「赤カボチャもおいしいのよねー」
「あらあら、ビスケットが足りるかしら」
ハナ、肉は諦めてくれ。お父さんおにぎりに入れてやるから。
なんとも騒がしい、収穫祭の朝の出来事だ。




