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クルミの新生活 ★

 クルミちゃんは、あっという間にさゆりさんと仲良くなり、料理や刺しゅうを教えてもらったりして楽しそうに過ごしている。


 だが、クルミちゃんはとんでもなく不器用だった。刺しゅうをすれば、布と同じくらい指に針をさしているし、ハンバーグをひっくり返すのを頼んだら、フライパンの中身が全部肉そぼろに変わっていた。ジャガイモの皮を剥いた時は、俺もさゆりさんも、青くなってナイフを取り上げた。


 クルミちゃんが「踊る以外の事は何もできない」と言っているのを聞いた時は、他の事をやらなくていい環境にいて、踊る事のみに打ち込んできたのだと思った。


「私、バレエ以外の事で、出来栄えを誉められた事が、ほとんどないんですよ」


 もちろん、頑張ったね、とか、一生懸命で偉いね、とかは言ってもらえますよ、とキシシと笑いながら言う。


 そう、クルミちゃんは、とにかくいつも楽しそうで、そして一生懸命だった。必死、と言い換えてもいい。日々悲惨なものを作り出しながら、「私にしては上手くできました!」と向いている方向は常に前のみだ。


 こんな子がひねくれもせず、卑屈にもならず、よくも明るく元気に育ったものだ。現代日本も捨てたものではない。俺の知っている現代日本より、三年先の未来の人ではあるのだが。




 クルミちゃんの、今後の身の振り方について相談した。俺は彼女の人生に責任を持つつもりで、ミトトの教会から連れて来た。急に家族のように振る舞うのは無理だとしても、できる限りのサポートをしてあげたいと思っている。だが、そう思っている俺は、じーさんとさゆりさんのサポートなしでは、立ち行かなかったりする。俺自身が、この世界ではまだまだ半人前なのだ。


 最近俺は、二人に遠慮するのをやめた。どう頑張っても、ナナミを探す旅を続けるには、俺が全てを背負うのは無理なのだ。いつか返せる日が来ると信じて、頼らせてもらう事にした。


「クルミちゃんは、俺の養女にするつもりで連れて帰りました。責任は持つつもりです。よろしくお願いします」


 と、俺が頭を下げると、


「あら、私とカドゥーンの養女でもいいのよ。おばあちゃんって呼ばれるより、お母さんって呼ばれたいわ」


「ああ、いいな。お父さんか」


 二人はそんな風に言った。


 クルミちゃんは、


「うちはパパ、ママだったんで、お母さんとか憧れてたの!」


「さゆり母さん! カドゥ父さん!」


 そんな軽くでいいのだろうか。


「なあに? クルミ」


 さゆりさんノリノリだ。じーさんはと言えば、


「お、おう」と、なにやら照れている様子だ。じーさんが照れるところなんて、初めて見たぞ。


「あ、でもハルくんやハナちゃんのお姉ちゃんになるのも捨てがたいなぁ。でもヒロトおじさまはお父さんって感じじゃないし、かと言ってヒロトお兄ちゃんってのも違う気がする」


 なんだかブツブツ言いだした。俺の立ち位置が問題らしい。



「そう言えば、()()()はいつになったら、母さんって呼んでくれるのかしら」


 さゆりさんがとんでもない事を言い出して、悪戯いらずらっぽく笑った。




 クルミちゃんが旅に同行するかどうかは、彼女の判断に任せる事にした。聞くと、


「砂漠の旅は、大変だったけど、とても楽しかったの。でも、現実的に考えると、今の私は出来ない事が多過ぎる。言葉も話せないし、この世界の事も全然知らない。だから、しばらくはお留守番してます!」と、悩みもせずにきっぱりと言った。





 大岩の家には板張りのテラスがあるのだが、じーさんがそこに手すりを作ってくれた。クルミちゃんは毎日、そこで、『えっ! まだアレやってんのか?』と驚くほど基本動作(バーレッスン)を繰り返す。旅の間に鈍った感覚を取り戻すように、背筋を伸ばし、足を上げる。それは自分の限界を確かめ、その先を探るような作業に見える。


 遊びに来ていたハザンが、


「一流の武術者みてぇだ」と、ポツリと言った。


 武術にも基本の型があり、一流の人ほどその重要性を知っているのだと言う。考える前に動く身体を作る事は、この世界の人たちの身体能力を持ってしても、簡単な事ではないらしい。



「バレエは、毎日少しずつ人間の身体を矯正するんです。バレリーナの身体も動きも、人間の自然なものではないんですよ」


 踊っている時、バレエの話をしている時、クルミちゃんの普段のポンコツぶりはなりひそめる。


「この世界でバレエを踊る事は、たぶん何の意味もない事だと思う。でもバレエがあったから、私は泣かないでいられた。踊る事ができれば、そこがどこでもいい」




「意味がないなら、私が作ります。私がこの世界のバレエを作ります」




 そう言い切ったクルミちゃんは、とても12歳の少女には見えなかった。



 でも、その後、


「バレエはただ綺麗なだけの踊りではない。表現の手段なんですよ」


 と、得意そうに言う彼女は、生意気ざかりの12歳らしいあどけない笑顔だった。


 俺とさゆりさんとじーさんは、


「これは強烈なのが、うちの子になったもんだ」


 と、三人で笑った。

この日、いずれ伝説となる踊り子が、ひとつの決意を口にした。炎とも、氷とも称される彼女の踊る姿は、妖艶であり、清純であり、幻のようであり、また悪夢のようでもある。


余談ではあるが、謎の放浪画家『色彩の魔術師』の作品に彼女を描いたものが驚くほど多い。家族であるとも、パトロンであるとも言われているが、やはり謎のままである。




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