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この世界の事を教えて下さい①

「さゆりさんは、何年の日本から転移してきたんですか?」


「2004年、8月。たぶんお盆の2〜3日前。23歳で、雑貨屋さんで働いていたの。帰宅途中で近所のスーパーに寄って、野菜売り場から直行よ」


 いたずらっぽく笑い、懐かしそうに言う。


「僕らは近所の公園に、家族で向かう途中に、です。信号待ちをしていました。2018年、8月7日です。妻がハルの手を離した瞬間でした。妻はおそらく、別の場所に飛ばされています」


 季節的には近い。さゆりさんは30年以上この世界で暮らしていると言っていたはずだ。時間経過が地球と違うのだろうか。


「奥さまが‥‥。地球に取り残されてしまった可能性は?」


「おそらくこっちに来ています。転移直後に電話が繋がったんです。海が見える、日本とは思えない街並みが見えると言っていました」


「そう‥‥。世界が分かれてしまわないで、良かった。ケイタイはもう通じないの?」


「メールが1度届きました。こちらからの返信もできた様子です。ただこれも転移直後で、今は繋がる様子がありません」


「充電はまだあるのかしら。こちらでは電気がないから、充電は出来ないのよ。私も携帯電話は持っているのだけど、3日くらいで充電が切れてしまったの。今でも大切にとっておいてあるのよ」


「ソーラーパネル付きの充電器を持っています。妻も持ち歩いている筈です。数年前に関東地方を含んだ大震災が発生して以来、持ち歩く約束をしています」


 電気ないのか。夜、部屋の中暗かったもんな。


「埼玉も被害があったのかしら」


 彼女も残して来た、大切な人がいるのだろう。震災時の様子や埼玉県の被害を、思いつくままに話す。


「妻を、探しに行こうと思っています。海までどのくらいかかりますか?」


「この大陸はけっこう広いらしいの。私はこの辺りからあまり離れた事がないの。歩いて20分くらいのところに小さな集落があって、今息子が住んでいる街が、ここから馬で2時間くらい。そこから3日くらいの距離に、もっと大きな街があるわ」


「海は‥‥?」


「海はかなり遠かったと思うわ。あとで主人に聞いてみましょうね。あと、週末には息子が帰ってくる予定なの。私より色々知っていると思うわ」


「ごめんなさいね、私引きこもりで。異世界で冒険とかもしてみたかったんだけど、この世界の言葉を覚えた頃には、子供が出来てしまって、その後はあっという間だったわ」


 さゆりさんはこの世界の事を「異世界」と呼ぶ。耳と尻尾があり、獣の特性を持つ人々が住む世界か。確かにライトノベルに出てくる、異世界そのものだな。仕事がら、主人公が異世界に転移や転生する、所謂いわゆる異世界モノと言われているファンタジー作品をいくつか読んだ。


 その流れだと、俺は冒険者になって魔物と戦ったりしないといけない。‥‥無理だ。せめて勇者の力に目覚めるか、聖剣を引っこ抜いてからにして欲しい。


 自動車や電車はないのだそうだ。もちろん飛行機も。

 何週間、いや。何ヶ月もの旅になるのか?

 必須は言葉を覚える事と、ある程度の額の路銀を貯める事だろうか。


「通貨は流通していますか?」


 さゆりさんは頷いてお財布と思われる小さな袋を持ってきてくれた。


紙幣しへいはなくて、硬貨のみよ」


 金、銀、銅貨が丸くて中央部分に穴が開いていて、それぞれ同じ種類ごとに分けて紐が通してある。日本の50円玉みたいな感じだ。


「銭形平次みたいですね」


 あら良く知ってるのね、と笑われた。


 あとは親指の爪くらいの大きさの、四角く薄い小貨。こちらはシャラシャラと小さな袋に入っている。


「小貨が日本の10円くらい、銅貨が100円、銀貨が千円、金貨が1万円くらいの感覚で良いと思うわ」


 わかりやすくて助かる。


「十進法ですかね?」


「ええ、でも十二進法が使われている地方もあるらしいわ」


 なるほど。





「さゆりさん、お願いがあります」


 背筋を伸ばして、頭を下げる。


「やはり妻を探しに行こうと思います。その為に、必要最小限で良いので、この世界の言葉と文字を教えて頂きたい。それと、路銀を稼ぎたいと思います。生活費は稼ぎがあり次第お渡ししたいと思いますので、どうか、しばらくの間、この家に置いて頂きたい」


 頭を下げたまま、言葉を待つ。俺たちに選択肢はない。厚かましくても、押し付けがましくても、この人に頼る他はない。


「頭を上げて下さいな」


 穏やかな、優しい声が降ってくる。


「主人と、この家の子になってくれると良いね、って話していたんですよ」


 優しい人だ。昨日会ったばかりの俺たちに、そんなに心を許して良いのだろうか。悪い人に騙されないか、心配にすら思う。


 この優しい人は、どれだけの思いを乗り越えて、今も優しく笑っているのだろう。いきなりこの世界にひとり飛ばされ、言葉も分からず過ごしたのだ。身体すら根本から変わってしまうような、大変な目にあったのに。


 顔が上げられない。涙が出てきそうだ。


「でも、そうよね。奥さまを探しに行かないと。ひとりで心細くされているでしょうから。お金の事は大丈夫よ、旅に必要な分くらい貸してあげられるわ」


「いえ、そこまでお世話になる訳にはいきません。実は稼ぐ手段を考えました」


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