ナナミ編 ヒロトのメール
久しぶりのナナミさん編です。
ヒロトがラーザで教会へ行った日に送ったメールが、届いた日のナナミさんです。
ヒロくんからメールが届いた。
スマホのアラームで目を覚まし、メールの通知を見て眠気がふっとんだ。飛び起きて、震える手で操作する。
件名は『海辺の街にて』。
今日、ラーザの街の教会へ行って来た。ラーザの街はサラサスーンから一番近い海辺の街だ。残念ながらナナミには会えなかったけど、ラーザはとても綺麗な街だった。おまえ、どこにいるんだよ。
ナナミに似合いそうな、ラーザの人たちが着ているポンチョをお土産に買った。ハルが貝殻でブレスレットを作ってくれたぞ。早く渡せるといいのにね、と言っていた。
この世界の旅は危険なので、ハナはサラサスーンで留守番をしている。大岩の家で楽しく暮らしているはずなので、心配はいらない。
とりあえず、教会のある海辺の街を、順番に訪ねて行く予定だ。焦らず気長に待っていてくれ。
俺はナナミのしぶとさと逞しさを信頼している。ナナミも俺の執念深さを信じて欲しい。辛くなったら、ハルとハナの写メでも見て、元気をだしてくれ。
誕生日おめでとう。来年は一緒に祝おうな。
何度も、何度も読み返す。涙が止まらない。鼻水が垂れてくる。息が詰まってむせそうになる。
ハルが砂浜を裸足で走っている写メを見る。ああ、元気そうだ。楽しそうに笑っている。また読む。そういえば誕生日が過ぎている。すっかり忘れていた。
ハナの写メを見る。可愛らしいおばあさんに抱かれて、赤い木の実を食べている。この人にお世話になっているのだろうか。優しそうな人だ。
海辺の街の教会を探して旅をしている? 一体海辺の街の教会が、いくつあると思っているのだろう。この世界には危険な場所も動物もたくさんいるのに、そんな危険な旅に、ハルを連れて行っているの? 無茶をする人ではなかったはずなのに。
ああ、私を探しているのか。私が無茶をさせているのか。
窓を開けて、『私はここにいるから!』と大声で叫びたくなる。
居ても立っても居られなくなり、階段を一段飛ばしで駆け降りる。ルルの部屋のドアをノックもせずに勢いよく開ける。
「ルル! 来た、手紙! 探す! 危険!」
支離滅裂に単語を並べる。ああ、もどかしい!
ルルが『危険』という言葉に反応してベッドから起き上がる。
「ナナミ、落ち着いて。なにが危険なの?」
「ヒロト、旅、探す、私。ハル、一緒。危険」
深呼吸して落ち着いても、たいして変わらなかった。
「ヒロトさんが、ハルくんを連れて、ナナミを探す旅をしているの? 危険だから、どうしようって事?」
私は大きく頷いた。ルル、パーフェクトだよ! 寝起きなのにすごい!
ルルはにやりと笑って日本語で言った。
「ロマンチック、素敵」
そんなのんきな話しでいいの?
「ああでも、ヒロトさん、戦えないんだっけ?」
「うん。戦う、ゼロ」
「チマは困ったわね」
私とルルは、日本語とこの世界の言葉を混ぜこぜで話す。お互いなるべく相手の言葉を使い、通じなかったら自分の言葉で言い、それでもダメなら探り合う。
「手紙、見せてくれない?」
ちょっと恥ずかしけど、スマホを渡す。ルルが読めない部分を補足する。知らなくて訳せない単語もあるし、『アッサンテ』とはぐらかした部分もあるけど、ルルはだいたいの内容は理解したようだ。
「まずは『サラサスーン』と『ラーザ』を地図で見つけて、そこの教会に手紙を書こう」
「ヤー(了解の返事)!」
私は走って地図を取りに行く。
「ああ、ここね。うわっ、遠いわね」
ルルが地図を指差しながら言う。
「どのくらい?」
「うーん。馬車で二か月くらいかな? 船で回り込むともっと掛かるわね」
途方もない遠さだ。マルコも真っ青だ。
「ヒロトさんが動いているなら、ナナミは動かない方が良いと思うな」
「うん。すれ違う」
「手紙を書いて、教会を経由して最速で届く方法を考えよう」
「ヤー」
たぶんそれが最善だ。でも、でも。でも!
解ってはいても、この居ても立っても居られない気持ちは、どうしたら良いの!
私は以前、海辺の街の教会宛に、かなりの数の手紙をだした。大陸の地図に丸印を付け、街と私の名前を日本語で書いたメモを入れ、女性を探す人が訪ねてきたら、渡して欲しいとお願いする手紙だ。行商人を見かける度に教会へ届けてくれるように頼んだ。
自分の部屋へ急いで戻って、頼んだ街の名前が書いてあるメモを取ってくる。階段を下りながら目を通し、三段踏み外した。お尻が痛い。
ラーザの教会には手紙は出していない。この街からは遠すぎて、行商に行く人もいないせいだ。
サラサスーン地方にある教会、全部に手紙を書こう。
『ヒロくん、私はここにいる。このミンミンの街に』
ヒロくん、ハル、ハナ! 私はここにいるよ!
読んでくれてありがとうございます。ナナミさん編、もう少し書きたいのですが、次話はヒロト編に戻ります。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。