顔合わせ
「ヒロト! ナナミさん見つかったんですね! 良かった!」
「なんだよ! ヒロトの似顔絵、全然似てねぇじゃねぇか!」
「子供?」
「ハルの母ちゃん、すげぇ若いな!」
上から、ロレン、ハザン、アンガー、ルカランの、クルミちゃんを見た第一声だ。アンガーのみ正しいな。
「ナナミいなかった。耳なし、同郷。ロレン、連れて帰りたい。良い?」
「ナマエ、クルミ。よらしこ」
クルミちゃん、惜しい。よろしく(マッセ、トーヤ)、だ。
ロレンが少し考え込む。
「男所帯ですからねぇ。お姫さま扱いは出来ませんけど、大丈夫ですか?」
クルミちゃんに訳してあげると、コクコクと頷いた。
「迷惑、しない、こんばります!」
クルミちゃん惜しい! 頑張ります(アルトゥーナ)だ。
ハザンが、クックックッと笑いを堪えている。
「面白れぇな! クルミ、マッセ、トーヤ!」
ハザンがクルミちゃんの背中を、バシンと叩く。クルミちゃんは、びっくりして目をまん丸にして、その後、キシシと笑いながら、
「マッセ、トーヤ(よろしく)!」と元気よく言った。
悪くない顔合わせの雰囲気にホッとしながら、ふと思い出してロレンに、
「商売、勝ったか?」と聞いてみた。
「まずまず、ですかね。伏魔殿(コヤヤン ヤガンガ)でしたよ、宝石卸売市場は」
『コヤヤン、ヤガンガ』を単語帳で探す。
『ヤガンガ』は住処、『コヤヤン』は化け物。なるほど、宝石市場は、確かに戦場だったらしい。不敵な笑みを浮かべたロレンを見るに、コテンパンにやっちまったのだろう。
ロレンの、身内と弱い者にはめっぽう優しいくせに、向かってくる相手には容赦しない、みたいな気質は、おっさんからしてみると、少し危うく見える。そして危うくも、眩しい。
「まあ、程々にな」と言いながら、ロレンの健闘を讃えて背中をポンポンと叩いた。
アンガーは、クルミちゃんに飴を渡しながら、
「お嬢ちゃん、いくつ?」と聞いている。
クルミちゃんに、単語帳を渡しながら、何歳か聞いてるぞ、と教えてやると、あわあわしながら単語帳をめくる。
アンガーは辛抱強いし、口数も少ないから、少し相手をするのも良いかもな。ハルもついてるし。
アンガーはパラヤさんの逆引き単語帳、クルミちゃんとハルはさゆりさんの単語帳を捲りながら、異文化交流だ。ルカランも加わって、若年組は和気あいあいと楽しそうにしている。
さて、大人組これからの予定を話し合う。
生鮮食品を少しと水を仕入れてから夕方出発し、夜通し進んで昼休む。砂漠を越え、まずはガンザたちの待つ露店市場の街を目指す。クルミちゃんは俺と一緒にあくびに乗り、ハルはルカランと一緒に乗る事になった。
洗濯や俺の料理の手伝いをしてもらい、食費や同行の為の費用は俺が持つ。ロレンは気にするなと言ってくれたが、クルミちゃんはおそらく、本当に役に立たない。日本の女子中学生が、急にサバイバルに適応したら、その方が驚きだ。しばらくはお客さまだろう。
それで良い。
またいつものメンバーで旅が始まる。旅の合間に、少しずつクルミちゃんにこの世界の事を話してやろう。少しでもクルミちゃんが、この世界を気に入ってくれると良いなと思う。
あくびの事、クルミちゃんの事、お金の事、ひとつずつ片付けていこう。
禿げ散らかさない程度に。俺も髪の毛は大切だ。
挿話 クルミの踊り
ポーラポーラを出発してから、最初の野営地での事。珍しく他に人がいない俺たちの独占状態だ。良い機会なので晩めしの後、クルミちゃんの踊りを見せてもらう事になった。
演目は『パリの炎』。フランス革命が舞台らしい。革命を前に湧き立つ民衆の前で踊られるバリエーション、だそうだ。
コレ俺が説明すんのか? めっちゃ難易度高いぞ!
『故郷の凄く昔の、有名な戦いのお話しに出てくる踊り』
クルミちゃん、コレで勘弁してくれ!
クルミちゃんは転移時に着ていた練習着の上に、教会の人にもらったフィーヤを腰に巻き、更にハルのフィーヤを胸に巻いて露出度を低くしていた。
綺麗なお辞儀をして、最初のポーズをとる。もう、顔を上げた瞬間から違った。人に見せる為に踊る演者の顔だ。
腕がしなるように伸び、脚が信じられない角度で上がる。上がってピタリと止まる。少しもブレない重心でクルクルと回る。180度で開脚しながらフワリと跳ぶ。
キャラバンの連中の目が、点になっている。踊りを見るというより、びっくり人間を見ている目だ。俺も正直驚いた。間近で見るバレエの動きが、こんなにも人間離れしているとは!
アンガーが、「クルミの手足には、何が入っている?」と聞いてきた。んなわけねぇだろ!
「故郷の踊り。凄く練習する、しないと、踊れない。クルミは、本気」
「そうか、本気か。俺も本気で見る」
そうしてやってくれ。
クルミちゃんは焚火の炎に照らされて、音楽もなしで、それでも妥協する事なく、恥ずかしがる事もなく、最後まで踊りきった。
ハルがパチパチと拍手する。
「クルミお姉ちゃん、すごくきれいだった! 足がピンと伸びて、クルクル回るのもきれい! アレもう一回やって!」
ルカランが真似をしてクルクル回って、尻餅をつく。
「すげぇなクルミ! なんでそんな風に足上がるんだ?」
ハザンが自分の足を持ち上げ、イテテと呟きながら言う。クルミちゃんは後ろ手に足を持ち、頭に着くほど持ち上げる。うわ! 背骨折れる!
バレエの素晴らしさは、みんなに伝わったかどうかわからない。でも、クルミちゃんの凄さは伝わったようなので、俺はとりあえず良かったと思った。