閑話《しりとり》
あくびの背中に揺られながら、ハルと異世界語しりとりをする。「ん」ではじまる言葉が、この世界には結構あるので、思いつかなかったら負けのルールだ。
これは馬車の中で暇つぶしに始めた遊びで、ハザンやトプルも飛び入り参加したりした。二人は助っ人扱いで、詰まった時のブレーン役なのに、ハザンは思いつかないと寝たふりする。まぁ仕方ない。筋肉の人だから。
「ソンポル(雨)」
「るーるー、ルギリット(緑豆)」
「とーとー、トポイ(サラサスーンの羽虫)」
「イザラガザラ(忙しい、手が放せない)」
「らーらー、ラーザ(地名。海辺の街)」
無意識のうちに「ん」で終わる言葉を避けてしまうのは、日本語ルールの弊害だな。
「おとーさん、アトリューン、キャ‥‥」
アトリューンは「見て見て!」みたいなニュアンスだ。
ハル、頭の文字は「あ」じゃなくて「ざ」だぞと言いかけて、ハルの指差した方を見る。
ミーアキャットのような小動物が、ひょっこりと穴から顔を出している。しばらくすると穴から出て、スンスンと空気匂いを嗅ぐように伸び上がり後ろ足で立つ。途端に胴がぐーんと伸びる。
おい! ずいぶん伸びたな!
気持ち悪いと可愛いのギリギリの長さだ。ハルも、
「キャルカ(可愛い)?」と疑問形になっている。
お父さん、割とキャルカかも。
ちなみにこの世界には「very」にあたる言葉がない。じゃあ、どうするのかと言うと、繰り返す。
例えば、とっても可愛いなら「キャルカ、キャルカ」。辛抱堪らんほど可愛いなら「キャルカ、キャルカ、キャルカ」。声の調子と表現力によって度合いを伝える。なかなか面白い。何度繰り返すも、本人の自由らしい。全くもって面白い。
もの凄く好きな人に、思いの丈をぶつける場合など、どうなるのか見てみたいものだ。
さて、キャルカな動物を見かけた場合、鑑賞するか獲物とするか、なかなか悩みどころだ。手持ちの食材は、まあ足りている。こういう時はスマホの動物図鑑(続々更新中)を調べる。
「ネズミの仲間らしいな。『ニューラモーノ』だって。肉が臭くてあんまり美味くないってさ」
「そうなんだ。じゃあ狩らなくて良いよね?」
ハルの思考回路が、どんどん即物的になっているような気がする。
オマエ、ニク、ウマイ、食う! みたいな。あながち間違いだと言えないところが難しい。
キャルカでも、キャルカじゃなくても、俺たちは狩りをする。美味い動物や植物が見つかれば嬉しいし、美味いメシを食えば、楽しくて幸せな気持ちになる。
この世界にも、絶滅危惧種の動物がいるかも知れないな。おれが知らないだけで。
ああ、そうだ。ここにいる。俺とハル、そしてナナミ。ハナがこの世界に同化した今、生存確認出来ている個体は、たった3体のみ。とびきりの絶滅危惧種だ。種族名は恐らく『耳なし』。
特に保護対象には、指定させれていない。
そんな事を考えていると、ニューラモーノは、親子で連れ立って岩かげに消えて行った。美味いメシを食って、楽しく過ごすのだろう。
俺はなんとなく、ニューラモーノの長い背中に元気でやれよ、と心の中で声をかけた。
お互いにな、と。