砂漠の狩り
砂漠の夕方というのは、一番生き物が動く時間帯だ。夜行性と昼行性、それに明け方や夕方に行動する生き物が、みんな動いているのだ。狩りをするならこの時を逃す手はない。
俺とハルは砂丘の一番高い所から、ゴーグルのレンズ機能の最大距離にピントを合わせ、動くものを探す。
左手の砂丘の谷間に、サボテン群を見つける。今日の狩りは幸先がいい。こめかみに見事な二本の真っ直ぐな角を持つ、砂漠ガゼルが食事中だ。
とはいえ、スリングの射程まで距離を詰めなければならない。草食動物は耳が良く、気配にも敏感だ。あくびの背中から飛び降り、慎重に、かつ速やかに、を目標にして移動する。砂の上を歩くと、ごっそりと体力を持って行かれる。あくびの足運びをなんとなく真似てみる。おお! さすが砂漠のアサシン! 良いかも知れない!
砂丘を二つ超え、ギリギリの射程距離に入る。まだ気付かれてはいない。ハルが首を振る。ハルのスリングだと、この距離ではまだ届かない。挟み討ちにするか。
急いで砂丘の反対側へとまわる。手を挙げ、合図を送ると、ハルが距離を詰めながら玉を撃ち出す。あいつ、足腰強くなったなぁ。
砂漠ガゼルはハルの玉を逃れるように踵を返す。俺も距離を詰めながら、最大限に連射する。撃ち出した玉が角に当たりガゼルがぐらりと態勢を崩す。
ハルの玉が脚に当たった。イケるか?
その時、右手の砂丘から、大きな影が躍りかかる。あくびだ!
あくびは砂漠ガゼルの首元に喰らいつくと、ブンブンと振り回す。うわー、ガゼル、ボロぞうきんみてぇ。
正面を避けてあくびに走り寄ると、あくびはガゼルを足元に置き、鼻先でこちらに押しやるように寄越す。
まるで、イイのよ、あんたたち、まずは美味しいとこ先に食べなさい。とでも言うように、自分は口許の血を大きな舌でペロペロと舐めている。
俺は苦笑して、あくびの背中をポンポンと叩く。
「またおいしいとこ、あくびに持って行かれちまったな」
「うん、でも、あくびカッコイイ!」
あくびはどうやら俺とハルを庇護対象と見ているらしく、時々こんな風に狩りを手伝ってくれたりする。
砂漠ガゼルの首の動脈を切り、血抜きする。ハルに、食べられそうなサボテンを採って来るよう言ってから、後脚の筋肉に沿ってナイフの刃を入れ、切断する。あくびに向かってポーンと投げる。
ゴリゴリと生々しい音を立て、口から脚の先をはみ出させて咀嚼するあくびを見ていると、
こんな光景に慣れてしまったら、日本に帰った時普通の生活に戻れるのだろうか。
と、つくづく思う。ハルの情操教育的にも、既に日本の常識からは大きくはみ出してしまっているのだろう。生き物を殺す事に躊躇わない8歳児など、異端にも程がある。
ハルが俺のスマホの、サボテンカテゴリの写メを見ながら、食べられるサボテンを探している。
「あ! フルカがあるよ。いっぱい! やったぁー!」
フルカはハルの好きなサボテンで、シャクシャクと歯ごたえが良く、ほんのり甘い。煮るとクタリと柔らかくなり、麩のように汁を吸う。
ハルがフルカの収穫に夢中になっている間に、内臓の処理をする。膀胱と大腸は砂に埋め、他は水洗いしてタッパーに詰める。
ハルに「全部、採るなよ」と声をかけてから、あくびの腰の荷物入れに、布で包んだ砂漠ガゼルを入れる。
ハルは最近、俺と二人きりの時でも、日本語を使わない時がある。順応性の高い子供の脳は、この世界で生き残る事を優先している。
俺はと言えば、中途半端なままだ。日本に戻った時の事を心配して、この世界の理に一歩踏み込めずにいる。この世界の人間ではないからと、どこか傍観者から抜け出し切れないのだ。
ハルが布袋に入れた、たっぷりの収穫物を担いで走ってくる。砂に足を取られながらも、踏ん張って転ばない。
本当に、たくましくなったものだ。
あくびの、血で赤く染めた首元に砂をかけ、ブラシでゴシゴシ擦ってやる。あくびは目を細めてから、大きなゲップをした。
今日の狩りはこれで充分だろう。ロレンたちのところに戻って、メシにしよう。