1日の終わりに
口を開く事すら出来ずにいると、さゆりさんは俺の手をそっと握ってくれた。俺の手はカタカタと震えていた。
「もう遅い時間です。色々あって疲れたでしょう? ゆっくり休んで下さい」
「お言葉に甘えます‥‥」
下げた頭がなかなか上げられない。俺は立ち上がり、もう一度頭を下げると、屋根裏部屋へのハシゴを登った。
2人を起こさないようにそっと歩き、ベッドに腰掛ける。ハルがハナを抱え込むようにして、眉根に皺を寄せて寝ている。ハナはまた鼻をピープー鳴らしている。ハルの眉間をぐりぐりして、ハナの鼻をつまむ。2人とも迷惑そうに顔をそむける。
俺は思わずプッと吹き出しながら、ベッドに横になる。そっとハナを腹の上に乗せ、ハルに腕まくらする。普通のシングルサイズくらいのベッドだ。ぎゅうぎゅうだ。ベッドはもうひとつ用意してくれたが、今は2人の体温を感じていたい。ぎゅうぎゅうが良い。
枕元のベッドからスマホを取り出す。嫁からの着信やメールはない。当たり前だ。地球以外の場所に基地局はない。転移直後に電話すら通じた事の方が超常現象だ。嫁の無事を確認と、どうやら転移に巻き込まれている事が確認出来ただけで、神に感謝したいくらいだ。この世界にいるなら、迎えに行けば良い。地球へ戻るより、勝率が高いように思える。
嫁は人のいる場所へたどり着けたのだろうか。腹を減らして、暗いところで泣いているのではないだろうか。居ても立っても居られない気分が募る。
現実感は、薄い。だが、どこに居ても俺のやらなければいけない事は変わらない。子供たちを危険な目に合わせたくない。腹が減ってひもじい思いをさせたくない。寂しくて泣くような事がないようにしてやりたい。日本で呑気に暮らしながらも、日々思っていた事だ。
たぶん嫁も同じように思っていた筈だ。無茶をしていなければ良いな、と思う。ふと、嫁の髪の毛の匂いを思い出す。今、この腕の中に、2人も抱えているのに、欠けている嫁の存在が、たまらなく不安になる。
なんだよ俺、嫁の事大好き過ぎるだろ。
知ってたけどさ。