それはある朝突然に
信号待ちをしていた。
八月のジリジリと照りつける日差しを避けて、桜並木の作る木陰になんとか収まるように移動する。隣にいた嫁がスニーカーの紐を結び直す為に、道の端に座り込み長男の手を離す。
「ハル、こっち来い」
長男を呼び、左手で下の娘を抱え上げ、右手を差し出す。
長男の手が、俺の手に触れた瞬間。
降り注ぐように鳴いていた蝉の声と、信号待ちの通りゃんせの音が、ピタリと止んだ。目の前でカメラのフラッシュを焚かれたと思うほどの眩しさに目を細めると、嫁がびっくりしたように目を見開いて顔を上げた。
その時の俺は呑気にも、
「あ、その顔。好きなんだよな」
なんて事を思っていた気がする。だぶん。俺の記憶回路がイカレているのでなければ。
気がつくと、俺は娘を左手に抱え、息子の手を握って見渡す限りの荒野に立っていた。
あまりに唐突な出来事に、しばらく身動きが出来なかった。
地平線なんてものは今まで見た事もない。遠近感が狂うほどの開けた視界いっぱいに、赤い地面が遥か遠くまで続いている。盛り上がった大地は切り立った崖のようで、縞模様の地層をむき出しにしてそそり立っている。
ところどころひび割れの走る地面に、枯れた色の草がこびりつくようにポソポソと生えている。
荒野。読んで字の如し。荒れ果てた、不毛の地に見える。
ひっきりなしに風が吹き、乾いた空気をかき回す。
「ねぇ、おとーさん。ここどこ?」
ハルが、呆けたような声を出す。
「おう、ここどこだろうなぁ」
俺も似たような声しか出なかった。
「おかーさんは?」
振り向いても、辺りを見回しても、嫁の姿は何処にもなかった。
「おかーさん? おかーさーん!」
慌てたように呼ぶハルの声を聞きながら、俺はただ、その手を放すまいとぎゅっと握った。三歳になる娘のハナが、俺の腕の中であくびをひとつした。
はじめまして!お目に止めて頂きありがとうございます!この小説は主人公が8歳の息子を連れて、行方不明の嫁さんを探して、異世界を旅するお話です。
異世界の自然や風景を楽しみながら、ちょっと危険な目にあったり、ステキな出会いがあったり、異世界の謎について考えたりもします。
もし、少しでも興味を持って頂けたら、しばらく主人公に付き合ってあげてくれませんか?
主人公はヒロトさんと言います。3歳の娘と8歳の息子がいる、普通のお父さんです。普通のお父さんが家族のために頑張るお話です。
お父さんと一緒に、異世界の旅を楽しんで頂けたら幸いです。