3-28. 魔王と約束の日 生きていちゃいけない子
前回のあらすじ
アイリがまだ12歳の誕生日を迎えた日の話
突然やってきた貴族がアイリを奴隷にするために目の前で家族を皆殺しにする。
広場で見せしめのように凌辱されかけたとき、少年がアイリを助けにきた。
傍若無人の限りを尽くす大貴族が少年の前にたじろいでいる。
貴族は、彼の事を勇者アルベルトと呼んでいた
「アルベルト殿、その娘は先ほど身寄りが無くなり、我が主の奴隷となりました!いくら勇者といえども、他人の奴隷を奪う権利は無い!」
「奴隷?」
アルベルトと呼ばれた男の子があたしの鎖骨の辺りをじっと見つめる。
「確かに奴隷の印が、、、既につけられていたのか。」
「であれば!先ほどの宣言は無効のはず!奴隷は勇者の従者にはなれない!」
アルベルトの表情が曇る。
「さぁ!その娘をこちらへ。」
「でもよ!この奴隷、主人はまだ決まっていないみたいだが?」
あたしの真横、さっき、、、ううん、今まで誰もいなかった筈の場所にいる誰かがそう告げる。
「ば、バカなぁ!!!アイゼン!!!!」
執事が驚きのあまり激しく狼狽している。
「ねぇ、君?約束する!出来るだけ良い御主人見つけてあげる!だから今だけで良い、僕を君の主人にしてくれないか?」
その隙に少年があたしの鎖骨に人差し指を当ててそう言った。
無意識に体が強ばる。
あたしは助かりたい一心で頷いた。
その時、激しい痛みが胸を貫き、奴隷の印が形を変える。
この時、あたしはアルベルトと呼ばれた少年の奴隷になった。
「くそ!貴様!」
執事が少年に掴みかかろうとしたとき、新しい声が広場に響き渡る。
「下がれ馬鹿者!」
奥から何やら老人の声が聞こえるけど、なんだか息苦しくて何も見えない。
「こ、国王様ぁ!、、し、しかし、、、勇者風情が世界貴族の若旦那様に向かって。」
「ぱ、ぱぁぱぁ~」
「その方はこれまでの我ら世界連合の傀儡勇者とは違う、その方の言葉に逆らうということは神の御意志に背くということぞ!しかもアイゼン様まで敵に回して我が国を滅ぼすつもりか!!分をわきまえるはそなたたちぞ!」
初老の男性に窘められて貴族達が静まる。
「師匠、、、この方達を。」
少年がお母さんの体に布を被せ、目を閉じさせてくれている。
「間に合わなくて、ごめんなさい。せめて彼女は僕が。」
つらそうに少年の顔が歪む。
「神官どもよぉ?このご遺体は勇者アルベルトと、アイゼンの関係者の身内だ、糞の役にも立たない貴様らでも弔い程度はできんだろうなぁ?」
「「「は、はい!」」」
男の人に言われて慌てて神官が動きだし、ニヤニヤ見ていた街の人達もバツが悪そうに散り散りに帰っていった。
「おい!!国王、大人の話は大人だけでしようぜ?ねぇちゃんのいる店が良いなぁ、勿論プロのな!ガハハハハッ!」
男はそう言って国王様が乗る馬車に乗って去っていった。
「後は師匠にまかせて良いか。君もよく頑張ったね。」
アルベルトがにっこりと、本当に、本当に優しい笑顔で微笑み頭を撫でてくれると、体がぽかぽかと温かくなってきた。
その笑顔があんまりにも優しくて、意識が遠退いていく。
多分、精神安定の魔法か何かを使ったのだと思う。
世界が真っ暗になる。
どれだけ眠っていたんだろう。
あたしが次に目を覚ました時、そこはおうちの固いベッドではなくて、ふかふかの羽毛と柔らかいマットに包まれていた。
「あ!」
ドアの辺りに立っていたメイド服の少女が気づいて、どこかへと走り去る。
「アルベルト様!ララメイド長!あの子目を覚ましました!」
そんな声が廊下から聞こえてくる。
あたしは、、、いった、、、い、、、。
記憶を呼び起こそうとした瞬間!
手の中に血にまみれたお父さんの頭が出てきてあたしを睨み付けていた
「キャア!!」
あたしは、咄嗟に手を振り上げて耳を塞ぐようにして頭を抱え、目を閉じる。
閉じた瞼の奥に弟と手を繋いだお母さんがあたしを見ていた。
「ごめんなさい、あたしのせいで!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
懸命に三人に謝り続ける。
何であたしは生きているの?
あたしは生きていちゃダメなんだから!
「し、死な、、死ななきゃ、、、死ななきゃ!死ななきゃ!死ななきゃ!死ななきゃ!死ななきゃ!死ななきゃ!」
ベッドのそばを見渡す。
武器になりそうなものは何も無い。
あたしはゆっくりと自分の首に手を掛けると少しずつ力を込めていく。
息が苦しくなり、意識がボーッとしてくる。
「ガハッ!!ウェ!ウッ!」
もう少しという所で手を離して大きく咳き込んでしまった!
何度か繰り返すけどやっぱり失敗してしまう。
「ウェッ!う、、、うぁ、、、うぅ。」
涙がこぼれ落ちていく。
死ななきゃダメなのに!
お母さんもお父さんも弟も、みんなあたしのせいで死んだのに!
だからあたしが一番死ななきゃいけないのに!!
何で死ねないのよ!
「あ!な、何を!」
部屋に入ってきた少年があたしの両手を掴み首から離す。
「だ、ダメだよ?こんなことしちゃ。」
悲しそうに歪む顔。
これもあたしのせいだ。
「あ、、、う、、、」
少年に死ななきゃいけないと伝えようとして、声が出ないことに気がつく。
後ろから入ってきたメイド服のお姉さんが、少年に耳打ちをすると、少年は大きく頷いた。
「アイリさん、僕は勇者アルベルト・ヴィクトール。ここでは誰も君を責めたりしない、好きなだけいて良いから。もう少しゆっくり休もう。体も、、、心も、、、。」
そう言って、再びあたしのおでこに手を当てる。
あの時と同じ。
ぽかぽかと心地よくって、意識がゆっくりと遠退いていく。
あたしは、アル様に拾われてから約半年もこんな事を繰り返すのだった。