自制心が人一倍ある
もし私が世界も認める極悪人だった場合、このクソハゲダルマ野郎も今この場でブチ殺している。
このクソハゲダルマ野郎が今生きているのは、私に自制心あってこそだ。
自制心
自制心
口癖のように並べるこの3文字に私は支配されてるようにしか思えない。自制心、自制心、自制心・・・。
「ね、今日までだったよね?ね?」
いいえ、とは言わない。今週中と言われたはずですとも言わない。私はただはいと用意された言葉を言って、思ってもないことを言ってその場を切り抜けるばかり。それだけ、それだけ・・・。自制心・それだけ・自制心・それだけ
私の頭の中に延々と繰り返されて、壊れたレコードのようになってしまった私の頭の声が頭痛を起こした。じゃ、よろしくといってクソハゲダルマ野郎は笑った。溜息をついて席に戻る。嫌だなあ。嫌だなあ。私が極悪人だったら、こんな会社ブッ潰してるのに。こんな会社、こんな会社といいつつも一回も休んだことのない私を故郷の母は褒めてくれるだろうか。
「先輩っ、お疲れ様です!あんな奴忘れてランチ行きましょうよー!」
いいね乞食ピンク女が喋りかけてくる。私は手短に返して、席を立った。美味しいお店見つけたんですよぅ!と言って笑う。遠目からだったらまだマシ、この距離で見る顔ではないなと思いつつも笑ってランチに行った。
高っ。とは言わない。美味しそうという。オシャレと言う。満腹になる訳もないこの料理に高い金を払って私が得るものはツイッターのネタだけ。写真撮りましょ!と言われるがままにフレームに収まり、御誂え向きの笑顔を浮かべる。#先輩と #OL #ニューネイル! #先輩一番大好き
そいつが私より少し後ろに下がるのを、そいつがあの会社で一番化粧っ気がなくて幸の薄そうな私を選んだ事を、他の女にも一番大好き一番大好きと言い回ってること、顎をくっと下げたこと、全部気づいているんだ。全部。
いいね乞食ピンク女はまたドピンクの爪をギラギラと光らせながら美味し〜〜とその手を頬にあてる。
ゴツ盛りソース焼きそばしか食べない私は上品のじの字もないくらい高速で完食し、いいね乞食ピンク女の完食を待った。「お腹いっぱぁい」んな訳ねーだろ、胃がハムスターか。
会計。いいね乞食ピンク女が後ろからちょこちょこと付いてくる。
「あっ!先輩、財布会社に置いてきちゃいました・・・」
私はいいね乞食ピンク女の分も払った。笑顔で。御誂え向きの笑顔で。必ず返すので!!のお金は、一生返ってこなかった。
毎日こんなことの繰り返し。
ゴツ盛りソース焼きそばのレシートが財布に引っかかって開かない。ゴツ盛りソース焼きそばを買えないじゃない。急いでるのに。ま、急いで帰っても誰も待つ人はいないけど。
ただいま、と癖で言って返ってくるのは沈黙。スーツも脱がずにソファにだらしなく座りスマホでYouTubeをみながら3分を過ごした。
「無差別殺人」
「通り魔」
なんて言葉がテレビから飛び交う。
私も何もかも失って自由になれたら。
ふいに電話が鳴る。
「ああ、もしもし?お母さんだけど。
今ね、テレビで結婚できない女っていうのやっててさ、あんたーー
22:30 夕食
23:00 風呂
24:00 就寝
2:00 トイレに起きる
6:00 起床
6:20 朝食
7:00 出勤
13:00 昼食
20:30 帰宅
22:30 夕食
23:00 風呂
24:00 就寝
2:00 トイレに起きる
6:00 起床
6:20 朝食
7:00 出勤
13:00 昼食
20:30 帰宅
22:30 夕食
23:00 風呂
24:00 就寝
2:00 トイレに起きる
6:00 起床
6:20 朝食
7:00 出勤
13:00 昼食
20:30 帰宅
22:30 夕食
23:00 風呂
24:00 就寝
2:00 トイレに起きる
6:00 起床
6:20 朝食
7:00 出勤
13:00 昼食
20:30 帰宅
22:30 夕食
23:00 風呂
24:00 就寝
2:00 トイレに起きる
6:00 起床
6:20 朝食
7:00 出勤
〜さあ、結婚しないの?そろそろ結婚しないとやばいよ〜??どうすんの?孤独死すんの?俺は心配だよ、ハハ、ねえ?え?」
あーーーー
テステス
自制心
自制心
自制心
g
自
ノ
一
一
巾
刂
じせい【自制】《名・ス他》
自分で自分の欲望・感情を抑えること。「ー心。」
何かの力が失せ、何かの力が湧き上がり筋肉を痙攣させた。
「ヨーーーーーーーーーッッッス!!!!!テメーのポークピッツからひり出される精子に慈悲の心なんてねーんだよクソが!!!!ああ、精子ごめん!!ごめん!!!!ごめん精子!!!!」
と叫びクソハゲダルマ野郎の股間を人蹴りし、走ってクソハゲダルマ野郎のデスクの上に立ち、さっき私が一週間前に言われた締め切りよりもだいぶ早くに提出した書類に小便をひっかけた。
「あーーーーッッッ!!!!かわいこちゃん!!!!かわいこちゃんでシュねえ!!いいね乞食ピンクババア!歪んだ鏡でも使ってるんでシュカ?自分が可愛く見える鏡でも使ってるんでシュカって聞いてんだよ答えろクソが!!!」
いいね乞食ピンク女にパンプスで人蹴りし、#ニューネイルの爪を一枚剥いだ。
会社を飛び出し、叫びながら歩行者の額を無差別に叩いて走り回った。イヤッターーーーーーーッッッッ!!!!自由!!!!私は自由だ!!!!自由だ!!!!母は褒めてくれるだろうか!ママーーーッッ!ママーーーッッ!!
パンプスに生クリームを詰めて歩く事を思いつき、スーパーに行ってkiriを盗んで食べた。
アジを2尾盗んで1尾は下水道に、1尾は半分に折って歩行者にあげた。
私が中学生の頃から好きな歌を大声で歌いながら走って、ペットショップに駆け込んだ。
手頃なハムスターを買って店の壁に叩きつけた。しばらくの痙攣を見守り、また走り出して地下鉄に乗り込んで、急に全裸になった。地下鉄の窓を全部割り、残っていたkiriを手すりに擦り付けて降りた。
さっきからパトカーのサイレンが聞こえる。聞こえる。気持ちがいい。気持ちがいいよ・・・。
歌舞伎揚を盗んで映画館に忍び込み、くだらない恋愛映画を観るカップルの前で音を立てて食べた。プラごみは全部置いたままにした。この間いいね乞食ピンク女ときた店に入って最大限に咀嚼音を立ててピェッと吐いて店を出た。パトカーが追ってくる。追ってくる。でも捕まんないよ。私は何かを失った女。何かを・・・
なんだっけ?何か、何かを・・・
興味本位でビルの上に立ち、ありきたりな風景にフリー素材みてーだなと吐き捨てたあと飛び降りた。
下にいる警官と野次馬には3秒にしか感じられなかった3秒が、私には3億年に感じた。
ゆっくり、ゆっくりと落ちていく。
落ちていくのは気持ちがいい。
落ちていくのは気持ちがいい。
なんでみんな飛び降りないの?
なんでみんな飛び降りないのかな?
そうか
死ぬか
ら
衝撃的な再現ドラマが流れ終わって、僕は思わず身震いした。
アナウンサーが恐いですね 自制心を失うとこうなるんですねと台本を読み上げる。そのうなじには「済」の文字。
僕も明後日手術を控えている。
嫌だなあ。
恐いなあ。
「皆さんもこうならないように、自制心埋込手術を行ってください!」
恐いなあ。
恐いなあ。
嫌だなあ。
その時僕から何かの力が失せ、何かの力が湧き上がり筋肉を痙攣させるのを感じた。
(了)