髪の毛
ラッセはずかずかと部屋へ入ってくると、私に近づいてくる。私は後ずさったが、鏡台にぶつかってしまった。
ラッセは私の髪の毛をすくいあげると、そっとキスをした。
ぎゃあ! ラッセがおかしくなった!
「見事な銀の髪だ」
ラッセは真っ直ぐに私を見つめたあと、にやりと笑った。
「我が家へようこそ。アンジェリア殿」
ドクン
私の心臓が跳ねた。私は言い訳も出来ずに、震えながらラッセを見つめることしか出来なかった。
「驚いた顔をしているな。知っていたよ。最初からね。公爵令嬢が十四歳の誕生日を迎え、皇太子の婚約者になったのは、貴族なら知っていることだ。ただそんな公爵令嬢の君が敵か味方か計りかねていたんだ。それに単なるお遊びか、ともね。だが、君はお遊びでもなく、味方だと俺は判断した。だから屋敷へ招いたということだ」
知っていた……? 私は呆然とラッセを見つめた。
「ではなぜ剣の稽古など……。私が刺客だとは思わなかったのですか……?」
「お前に殺られるほど俺は弱くはないからな」
ラッセは笑った。
「それでも私を従者に? 私は貴族といっても魔法も使えないのですよ」
「そんなことは期待していない。俺は一緒に戦える従者が欲しいと言ったはずだ」
「女の私でも……?」
「ああ、女であることなど関係ない。だが、他の者にはバレない方がいいんだろ?」
「それはもちろん……」
「俺は従者が欲しい。お前は強くなりたい。これだけで充分さ。さあ仕度が出来たらまずは腹ごしらえしよう」
ぐ~
私のお腹がなった。げっ。
「お前の腹は正直だな。頭を隠したら食堂へ行こう。俺の部屋へ声をかけてくれ」
「……はい」
私はとにかく混乱していた。ラッセは知っていた。そして私を従者に。これからどうしよう。ラッセの身分が高いということは、王族やうちにも知られてしまうかもしれない。逃げるべき? それともラッセに正直に言う? 私に前世の記憶があるだなんて信じてもらえるかわからない。私は悩みながらも髪の毛を編み込み、布を巻いた。
コンコン
私がラッセの部屋を叩くと、ラッセの声がした。
「入れ」
ガチャリ
「仕度が出来たようだな」
「……はい」
「元気がないな。とにかく食堂へ行こう」
私はラッセの後ろを着いて行った。ラッセが食堂へ着くと、使用人が扉を開けてくれた。すると、そこには先客がいた。
「よう! アンリ」
「クリスチャン!?」