壊れた奇器と仮面の男
魔王は数百年に一度羽化し、世界を闇に染める。それを討伐するのが勇者・討伐士と呼ばれる職業を持った者たちだった。
4年前、魔王が羽化した。系統は不明。種族は人間。そして、それは奇妙な仮面をかぶっているという情報だった。
世界は灰色だ。灰色に染まった雲が各島を覆いつくし、内側からも外側からも外の風景やそこに何があるのか誰も知らない。
そんな世界に魔王として降臨した仮面の男ヘル・クラム。虚ろな表情で何を考えているのかわからないうえ、だれとも会話が続かず、空気になりがち。
そんな彼を支えるためかカイアが世話をしていた。自らを壊れたと自称する女の子。名前はドール・カイア。お人形のような容姿と身体中に手術した痕が無残に残り、片目は黒く呪われたものだといわれる始末。
それでも、2人は仲が良くつねに一緒にいた。
「お兄様。ここはクズで汚れていますわ。お兄様の喉に入ったりしないか心配ですわ」
ここは灰色に染まった町。王と王が荒らそうかわいそうな町だった。
いつも戦場ばかり。王様がもう少し気が優しい王様だったら、この町は廃れたりしなかっただろう。周りから悲鳴と火の粉が払う銃撃、黒く濁った水が飛び散る。
「お兄様がなぜ、ここにいるのか理解できませんわ。しかし、お兄様がここで見たいものがあるというのであれば、私は一緒にいますわ」
お兄様…ああ、ヘルのことだ。カイアはヘルのことをお兄様と呼んでいる。決して血が同じでもないのに、カイアはヘルをお兄様と呼んでいた。
ヘルはお兄様に拾われる前はいつでも壊れても仕方がない人形だった。
拾われたのは灰色に染まった雲が覆いつくし、いつもやまない冷たく暗い雨が身体全体に満ちていた時だった。
ああ、私もこれでおしまいね。
そう思っていた矢先、どこからかお兄様が現れ、助けてくれた。
そして、十分な治療と力も与えられ、いまでは家族と同じお兄様と親しむようになった。そんなお兄様が魔王だなんて、世間は信じられないだろう。
けれど、魔王であり優しく空気な魔王が私のそばにいると思うだけで幸せだった。
そんな幸せが崩れるのも人生では当たり前ですぐに訪れる。
訪れたら訪れたで終わらせればいい。お兄様には絶対傷つけない。壊れた私を拾い上げてくれたお兄様に絶対壊しはしない。
「魔王がいたぞ!」
町のなか、どこからか大声を浴びた。
男の声で距離は近くだった。
「魔王め!」
声を聞いたのか周りにいた人たちも集まりだしてきた。魔王はいつもと同じ虚ろな表情だった。笑うことも驚くことも怒ることも一切顔を出さなかった。
「まさか、情報通りだとはな…」
「魔王かどうかは不明だが、手配写真と同じだ。傷だらけの女の子も連れているぞ!」
武器を構え、刃を魔王と女の子に向けた。
「失せろ! ゲスがぁ」
カイアは鋭く睨みつけ彼らを圧倒させた。先ほどとは全く違った別人の顔となっていた。お兄様に傷をつけるそんな者たちはみなカイアにとっては敵なのだ。
「こいつ…魔王が先だ! 報告では魔王が先に討伐しなくては危険だ」
情報。その通りだ。カイアは接近戦。魔王は珍しく攻撃を持たない補助・支援を駆使した技能だ。魔王であるにもかかわらず攻撃を持たないとは今までの魔王とは違った存在だった。
「お兄様に傷つける奴は死ねばいいんだわ」
カイアはそういい、刃を向けていた男たちに向かった。どこに仕込んであったのか腕や足から刃が飛び出し、それを男たちへと突き刺す。
飛び出した刃は脆いガラスのようにすぐに砕け散った。でも、奥へと突き進んだ刃は砕かれたとはいえ、体内に残る猛毒と化していた。
「魔王を先に殺せ!!」
「フォースステップ」
魔王が声を出した。見た目とは裏腹にきれいな声だった。
まるで夏の風物詩のなかで声を輝かせる無邪気な子供のような声だった。
魔王が放った魔法はカイアに当て、カイアはすさまじい移動速度と攻撃速度で男らを圧倒していった。見えない姿、どこから飛ぶのかわからない刃、形を目視できない速さ。男はもはや、これが女の子とは思えない怪物に見えていた。
怯える者、かまわず攻撃してくる者、声を上げる者。みんな同じ考えだった。思考はひとつ。カイアはうんざりしながらもお兄様に傷がつかないように周りの男たちを再起不能にしていった。
銃声の音が鳴った。
カイアは大きく目を開いた。音の先はココからはるか先に見えていた塔だった。塔の窓から男がひとり銃を構え、こちらに向けていた。
狙い先は先ほどから動かない魔王だった。
(お兄様!)
カイアが真っ先に塔へ向かった。お兄様は攻撃を持たない。それは歴代の魔王からして初めての地獄だった。
魔王は代々攻撃系の能力を持っていた。それは世代世界が違えど魔王として恥ずかしくないものだった。だが、魔王となったお兄様は違った。
攻撃機能を持った魔法やスキルは持ち合わせていなかった。
もちろん、魔法やスキルを受け継げるだけじゃない。本や魔法店でレシピを買って習得することもできる。だけど、お兄様がどの方法で試しても攻撃系は習得できなかった。
絶望! 攻撃を持たないお兄様はもはや、歴代の魔王と比べれば恥ずかしく絶望的な存在だった。魔王が今までで生き延びた最低年月は8年。
4世代前の魔王だ。彼は自らの不治の病気にかかり亡くなった。自然消滅した。だが、その魔王でさえ攻撃系の魔法やスキルは持っていた。
「環境が悪かった」
そんな声がかつての主人が言っていたような気がした。捨てたにっくき主人。
お兄様に拾われた後、真っ先に殺してやった。
快感だった。だけど、お兄様は虚ろだった。
快感や感情とはなんなのかそのとき、私の心にとげが刺さった。わたしはいつしかお兄様の盾で世話をする人形となっていた。
そんなお兄様は盾になるか傷つける虫を殺すか迷った。
私はすぐに虫を狙った。
だが、その判断が悪かったのか?
私が塔に向かって銃の男が苦しみながら息絶えていく姿を何とも思わなかった。普段小さな虫。蟻など気にしないまま踏み何も考えずに立ち去るような感覚だ。
「お兄様…しま…―――!?」
お兄様の周囲には討伐士がいた。それも3人。
討伐士は額に〔十〕のマークがある。彼らはギルドから恩恵をもらいつつ、街の人々に危害を加える魔物を討伐したり素材を探したりと生活をしている職業の人たちだ。
魔王が羽化したのであれば、彼らはそんな生活のなかに〔魔王討伐〕を加え、魔王へと勇者と一緒に向かうようになる。
しかも、勇者と近いスキルや魔法を授かり、魔王を討伐するのだ。
そんな魔王…お兄様に牙を向けるのは私が許さない。どんなことをしてでも倒す。止める。
「お兄様ぁぁぁ!!」
大きく掛け声を上げながらお兄様に向かって駆け出す。
「厄介な奴は少しの間だけ来ない。なら、今のうちだな」
「魔王様よ、言い残すことはあるかい?」
虚ろな表情で口を一滴たりとも動かさない。
「無言です…か」
彼らは武器を構え、魔王に向かって武器を降りかかる。
それと同時にカイアがすさまじい声を上げながら向かってきていた。討伐士のひとりがカイアに向かって鎖を放ち、カイアの動きを止める。
「俺行ってくる! あとは任せたぞ!」
男はそう言い、鎖で縛ったカイアに向かって言った。
男たちは魔王に武器を突き刺した。
カイアの叫び声が聞こえる。
だけど、周りの色は灰色のまま。変わっていない。
刺されたのにも変わらない。
「な…ぜ…?」
「武器が刺さらない いや、刺さっている! なんで、血ひとつながせねぇんんだ?」
男が突き刺した武器が魔王に突き刺さっていた。
しかし、魔王からは血が一滴も出てなかった。
それは、歴代の魔王からしてみれば異常なものだった。今までない状況だ。
「カイア! そいつは任せたぞ!」
魔王が呼びかけた。
カイアは「はい」と元気良く返事をして、その場から男と一緒にどこか遠くへと飛んだ。
「さて、疑問を答える前に見せてあげるよ」
魔王は片手から仮面を取り出す。どこから現れたのか男たちの目から魔王の手を見ていたはず。なのに、その仮面はいつのまにか魔王の手にあった。
魔王はその仮面を自身の顔につけると彼は言った。
「唸れ!」
すさまじい突風が吹いた。
体が後ろへと吹き飛ばすほど威力が強いものだ。
男たちは建物の壁や民家の窓などに飛ばされた。
「攻撃魔法を持たないんじゃなかったのか?」
男たちの疑問もさらに浮かばせる。
魔王は攻撃魔法・スキルは持たないはずだ。では、この攻撃は何なのかわからない。
「攻撃は持たないのは正解。君たちは衝撃波で飛ばされただけだよ。この能力でね」
男たちが這い上がり、魔王に武器を向けて突進しようとするも、魔王―――いや、すでに片付けて終えたカイアによって殺された。
男たちの首が宙を飛ぶ中、自身が誰に殺されたのかを目撃することができたのだ。
そして、最悪なのは魔王じゃない、女の子の方だ。
応援の討伐士と勇者がたどり着いたころには、魔王も女の子もいなかった。あったのは、無残に殺された討伐士と血まみれの町の警備員。
争い続けていた王様たちだった。
この国の戦争が終わった報告を受け、この国は新たな未来へと旅立ったのはそれから七日後だった。
「やっぱりつまらないわ。あの子、もう少し辛抱すると思ったけど意外とあっさりだった」
カイアは指を顎に当てながらお兄様に向かって言っていた。
お兄様はそっと女の子の頭になでた。
カイアはにっこりと笑った。
無邪気な子供のように。どこにでもいる明るい笑顔の女の子だ。