噂話は蜜の味[連載・SF]2
〜〜看板くん〜〜
「…うぃぃ、ひっく。 ったくよぉ、最近のわけぇもんは……」
すぐに逃げやがる、そのくせ口だけ達者でプライド高いんだよ! ったくよぉ、俺らが新人の頃は見て! 聞いて! 学べって感じだったのによぉ。 自主性が足りてねんだよ、馬鹿野郎!
ガンッ!
「………んんっ?」
この先工事中。 大変ご迷惑をおかけします。
「……おう、お前!」
男は人型の看板に話しかける。 当然、返事などするはずもない。
「お前は見込みあるな! そうだよ、そういう気持ちが大事なんだ! 」
男はそう言って、看板を何度も叩いた。 金属音が静かな夜に響いている。
「……ったくよぉ。 俺だってな? ふるくせぇ考えだとは思ってんだよ? だけどさぁ…… 甘やかされてたら、いつか痛い目見た時によぉ、きついだろ? なぁ? きついよなぁ?」
男は看板の前に座り込み、ぐちぐちと話し始めた。
「陰ではうるせぇ上司と思われてんだよな? 分かってんだって! でもな… 俺にはこういうやり方しか出来ねぇからよぉ。 …最近、娘にもキツく怒鳴っちまってなぁ。 奥さんには呆れられたよ。 ……はぁ、まったく」
お つ か れ さ ま で す
「……あ?」
聞こえた声に男は周りを見渡す。 しかし、人の気配はない。 空耳? いやでもはっきりと聞こえた。
「まさか… お前か?」
目の前で頭を下げている看板。 男はふっと笑い、立ち上がった。
「ありがとよ。お前も、毎日ご苦労様」
そう告げて、男はその場から歩き出した。
「驚いた、てっきり殺すのかと」
男が何処かへ行ったあと、一人の少年が驚いた表情で看板の前へと訪れた。
わ た し は そ ん な 存 在 では ありません
「でもこの世の理からは外れている。 今、ここは。 君が存在する場所ではないでしょ?」
そう言って、少年は周りを見渡す。 小さな川の上を繋ぐ、これまた小さな橋。 周りに工事の後はない。 とても静かで、人の気配なんてない。
「工事なんてしてないのに、君はここに立っている。 ねぇ、君は何をしているんだい?」
…… わ た し は 警告 す る だ け で す
ヴ ヴ ヴ ヴ ヴ…
看板の声とともに、唸り声のような音がした。 少年は橋の下を見下ろして…… 笑顔になる。
「なるほどね。 あれは…… 魚? …… あー、アンコウか。 じゃ、君はさしずめ提灯ってことかい?」
ひどく醜いその存在は、暗闇に紛れてそこに佇んでいる。 目にあたるものはおそらく機能していないのか、少年に気づく様子はない。 ただ、唸り声のようなものをあげ、そこにいる。 少年が看板の裏を見れば、そこには触角のようなものが繋がっている。
「なるほどね。 君たちは二つで一つの存在だと。 いや…… 元々は、一つだったのかな?」
わ た し は 一人 で は な に も 出来ない
「ふーん。 つまり、生きるために君たちは一緒になったの?」
少年の問いに返事はなかった。 そのことに少年は少し不満な顔をして。 また、笑った。
ぼ く は た べ な い の?
…警告 は し た
「……うーん。 むやみやたらには人には接しないと。 …じゃ、質問変えるよ」
な ん で さ っ き た べ な か っ た の ?
…… 警告 は し た
「…つまんないの」
少年の目から光が消えた。 先ほどまでの、楽しそうな顔は見る影も無い。 ただ、金属の物体を興味もなさそうに見つめている。
「まぁいいや。 今日は帰るよ」
少年はそう告げて、歩き出した。
…… わ た し を た べ な い の か
「……あのねぇ。 僕だって食べたいものは選ぶよ。 今、君たち食べても美味しくないだろうし」
か ん しゃ す る
「……やめてよ、そういうの。 人間的に言うと… 反吐が出る」
そう言って、少年はその場を去った。
ヴ ヴ ヴ ヴ…
す ま な い まだ た べ も の は み つ か ら な い
ヴ……ヴ……
だ い じょ う ぶ お前 は ま も る
静かな夜に、二つの音が小さく響いた。
「…キモ」
少年は歩く。 何かをつぶやきながら。
「生きるために共存? この世に害しか与えない存在が? 気持ち悪いなあいつら。 あんなの食べても美味くない。 あいつらは、本来の役割を果たしてこそ旨味が増すんだ。 人に噂され、知られて。 そういう奴らを餌にしてぶくぶく太ってもらわないと。 本当は人間のこと襲いたいはずだ、腹いっぱい食べたいはずだ。 それを善人ぶりやがって……」
そこまで言って、少年は立ち止まった。
「…そっか。 簡単なことじゃん」
ポケットに手を入れ、携帯電話を取り出す。
[都市伝説、噂話の館]
噂の4.看板くん
○○県○○市○○駅近くの小さな橋にて。 その橋の上に、工事用の人が描かれた看板が現れたら要注意。 慎重に近づき、その看板の裏にある太い糸を見事切ることが出来れば…… なんと! 橋の下に見たこともない生物が現れるらしい! それを捕獲出来れば、おそらく何億もの大金を手に入れられるかも?
「うん。 こんぐらい嘘くさい方が逆にいいかな。 ……あはは、これであいつらも本性出せるだろ。 なーに人間みたいなことしてるんだ、あいつらは。 しょせん、化物は化物だってこと思い出させないと。 そうしないと……」
僕が 退屈になっちゃうだろ?
少年は笑って 再び歩き出した。
噂の4.看板くん 食事予約