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4月〇日 4

 瑞希と玲がラウンジへ下りて行くと、そこには以前駅で会った二人組がいた。


「祐太さん、慧子さん、お帰りなさい」


 玲は、入り口から少し離れた席に向かい合わせに座り、夕食をとっている二人に話しかけた。


「瑞希さん、こちらの二人が二年生の特待生で、伊勢祐太さんと眞鍋慧子さんです。祐太さん、慧子さん、こちらが一年生の特待生、蘓芳瑞希さんです。お二人とも、この隣の席、宜しいですか?」


 玲は、祐太と慧子が無言で頷くのを確認してから、二人の隣の席の椅子を引き、瑞希に座るように促した。


「瑞希さん、今、食事を取ってきますから」


 玲はそう言うと、瑞希をその場に残し、ラウンジと厨房を区切っているカウンターへと歩いて行った。


「あの、蘓芳瑞希です。以前は、危ないところを助けて頂き、ありがとうございました。今日から宜しくお願いします」


「ああ……」


 瑞希は祐太と慧子に向かって深々と頭を下げたが、祐太は瑞希の方を見ずに返事をし、黙々と食事を続けている。


「祐太、貴方って人は……」


 慧子はそんな祐太に呆れた眼差しを向け、溜め息を吐いた。


「ごめんなさいね。このバカの事は気にしなくていいから。こちらこそ、宜しくね」


 慧子は瑞希に向き直り、にこりと笑った。慧子の第一印象はきつそうな人だったが、優しそうな笑顔をする人だと分かり、瑞希は少し安心した。


「……誰がバカだ」


 そう言うと祐太は慧子を睨んだ。しかし、祐太の口にはこれでもかという程食べ物が詰まっている為、いまいち迫力がない。


「誰って……。私の目の前に座っている、食べ物を口一杯に頬張った不良によ?」


 慧子は祐太に睨まれている事など気に留める風も無く、目の前のスープを一口啜った。


「あ? 誰が不良だ?」


「ピアスそんだけ付けてて、髪の毛金髪にして、不良じゃないつもりなの?」


「あ? んだと!」


「あら。怒るってことは、多少自覚があるのね?」


 祐太と慧子の間に火花が散る。


 険悪な雰囲気の二人に瑞希がオロオロしていると、玲が背の高い綺麗な女性と一緒に戻ってきた。


「あら、この二人また喧嘩してるぅ! 本当に仲が良いわねぇ。羨ましいわぁ!」


『仲良くない!』


 声を揃えて否定した祐太と慧子に、女性は満足そうな笑みを向けた。瑞希はというと、その女性の声を聞いた途端に固まっていた。見た目は非常に綺麗な女性だったが、声はどう考えても女性のそれではなかったからだ。


 瑞希はまじまじとその女性を見た。長い髪は一つに束ねられ、はっきりとした目鼻立ちの美人だ。背が高い玲と同じ位の身長がある。念の為にと、瑞希はそっと足元に目を落としたが、予想通りヒールの低い靴を履いていた。しかも、瑞希の靴と比べると一回り位大きい。


「瑞希さん。こちら、この寮の管理人兼ラウンジの店主をしているマロンさん。表のカフェの店主でもあります。本名は秘密らしいですよ」


「マロンです。よろしくぅ! 私も青嵐学園の元特待生なのよぉ。分からない事とか困った事があったら何でも言ってねぇ」


 マロンは満面の笑みを向け、瑞希に手を差し出した。


「あ、えっと……。蘓芳瑞希です。今日から宜しくお願いします」


 瑞希はマロンに深々と頭を下げてから、差し出された手を握った。白くて綺麗な手をしていたが、女性の手にしては大きすぎる。瑞希は再度、マロンの顔を見上げた。見た目はどう見ても綺麗な女性で、化粧も雑誌に載っているモデルのように完璧だ。


「……………………」


「あら、あたしの顔に何かついてる?」


 マロンは瑞希に笑いかけた。普通にしていても綺麗で魅力的だが、笑うとより一層魅力が増す。


「プッ! あははははは!」


 笑い声に驚いた瑞希が振り向くと、祐太が腹を抱えて笑っていた。


「お前。何、予想通りの反応してんだよ! プッ! くくくく……!」


「祐太。何もそんなに笑わなくても……」


 祐太は笑ったせいで涙が溜まった目を拭った。慧子は溜め息を吐き、呆れた顔でそんな祐太を見ている。


「だって! こいつ、お前がマロンに始めて会った時と同じ反応だった! あははははは!」


「そう言う祐太さんも、瑞希さんや慧子さんと同じ反応していましたよ?」


 再び笑い始めた祐太に、玲は苦笑していた。


「もぅ! 何よ、みんなして! オカマがそんなに珍しいのぉ!」


「ご、ごめんなさい」


 頬を膨らませているマロンを見て、瑞希は慌てて謝った。驚いて凝視してしまっていたが、瑞希としては決して悪気は無かった。


「謝らないで……。なんだか余計に悲しくなってきたから……」


 マロンはそう言うと、とぼとぼと厨房へ戻って行った。喋らなければ元男性だと分からなかっただろうなと、瑞希はどんより沈んだマロンの背中を、呆然としながら見送っていた。


「たっだいま~!」


「お帰りなさい、蓮さん。っと、真一さんも一緒でしたか」


 瑞希がラウンジの出入口を見ると、背が高く、人懐こい笑みを浮かべた男子高校生と、しかめっ面をした男子高校生がいた。


「蓮さん、真一さん。紹介したい人がいますので、少々お時間宜しいですか?」


「何、もしかして玲ちゃん恋人出来たの? 僕だけの玲ちゃんなのに! 寂しいな~」


「瑞希さん、大きい方が三井蓮さん。小さい方が真田真一さんです。蓮さんは三年生で、真一さんが瑞希さんと同じ一年生ですね。真一さんは一週間前に入寮しましたので、瑞希さんより少しだけ先輩でしょうか? 因みに、蓮さん、真一さん、私は幼馴染みです。蓮さん、真一さん。今日から寮に入った蘓芳瑞希さんです」


 玲は蓮の冗談を華麗にスルーし、瑞希に二人を紹介した。一方、冗談をスルーされた蓮は泣きそうな顔で玲を見ていた。


「あの、蘓芳瑞希です。今日から宜しくお願いします」


 瑞希は取り敢えず自己紹介をし、深々と頭を下げた。


「真田真一」


 真一はそう言うと、チラッと瑞希の顔を見たが、すぐに目を逸らして不機嫌そうにした。真一は黒髪の短髪で、一言で言うなら寡黙そうなタイプだ。そして、玲に小さい方と言われた通り、若干背が低い。瑞希と並ぶと五センチも身長差が無かった。


 一方、玲に冗談をスルーされて泣きそうな顔をしていた蓮はというと、玲と同じ位身長が高く、少し長めの前髪が片目にかかりそうな髪形をした美青年だった。黙って真面目な顔をしていれば、玲と同じ位かそれ以上に整った顔をしているのだろう。しかし、蓮の顔は瑞希を見た瞬間からだらしなく緩み、鼻の下が伸びている。


「僕、三井蓮! よろしくね~!」


 蓮は瑞希の手をガシッと握ると、人懐こい笑みを浮かべた。


「あ、はい……」


「そうだ! 親睦を深める為にさ、僕の部屋でお茶でもしない? うん、そうだ! そうしよう! さあ行こう!」


 蓮は瑞希の手を握り直すとグイグイ引っ張った。


「え? ちょっと、あの……!」


 瑞希はこういう場合の対処法など知らない。取り敢えず連れて行かれないようにと、力一杯足を踏ん張り、困惑した表情を浮かべた。


「あ、あの……!」


「お前は……!」


 瑞希が足を踏ん張りながらオロオロしていると、真一が蓮に向かって叫ぶやいなや、その背中に蹴りを入れた。


「あらら?」


「きゃっ!」


 真後ろという死角からの攻撃に蓮は間抜けた声を上げて倒れた。蓮に手を掴まれていた瑞希も、倒れた蓮に引っ張られる形となり、倒れそうになる。瑞希は思わず目を瞑り、衝撃に耐える為に体を強張らせた。しかし、いくら待っても予想していた衝撃は来なかった。瑞希が恐る恐る目を開くと、体が中途半端な位置で止まっていた。肩の辺りに誰かの腕がある。


「危機一髪でしょうか?」


 声に驚いて瑞希が顔を上げると、瑞希の肩を抱いた玲と目が合った。力強い腕の感触に瑞希の頬が赤く染まる。


「あ、ありがとうございます」


「お怪我は?」


「大丈夫です」


 瑞希がはにかみながら返事をすると、玲は心底ホッとしたようだった。


「真一さん?」


 玲に名前を呼ばれた真一の肩がピクッと僅かに震えた。


「蓮さんを蹴るのは全然構いません。いや、むしろもっとやってもらっても良いくらいです。ですが、もう少し周囲を見てからにして下さい。瑞希さんが怪我でもしたらどうするつもりだったんですか?」


 玲は真一へ顔を向けると優しい声色で言った。しかし、玲の顔を見た真一はビクッと身体を震わせ、焦ったような表情をしていた。


「だ、だって! 蓮がそいつを連れて行こうとするから……! 一応、助けた方がいいのかなって思って!」


「まあ、瑞希さんに怪我が無かったので、今回は良しとしましょうか?」


 そう言って穏やかに微笑んだ玲を見た真一は、ホッとした表情をしていた。


「で、蓮さん? 何、逃げようとしているんですか?」


 玲は、誰にも気が付かれないように足音を忍ばせてラウンジの出入口に向かっていた蓮の方を振り向くと、ゆっくりと近づいていった。


「に、逃げてない! 逃げてないよ! 僕、全然逃げてないからね!」


 蓮はビクッとし、慌てて首を振りながら後退りをする。


「覚悟、出来ていますよね?」


 玲は、蓮を壁際に追い詰めながら口元だけで笑った。蓮を見つめる玲の目は、獲物を見つけた肉食獣の眼光のようだ。


「玲ちゃん、目が怖い! 目が怖いから!」


 蓮は涙目になりながら尚も後退りするが、あっという間に逃げ場が無くなった。祐太も真一も顔を引きつらせながら事の成り行きを見守っているが、慧子だけは悠々とスープを啜っていた。


 瑞希も固唾を飲んで事の成り行きを見守っていると、玲が蓮の腕を取った。次の瞬間、目にも止まらぬ速さで蓮を投げ飛ばすと寝技をかけていた。


 腕挫十字固。玲がしている技を、瑞希は格闘技好きの誠と一緒にテレビで見た事があった。実際にかけられた事は無いが、テレビの試合ではプロの格闘家がすぐにギブアップをしていたのだから相当痛いのだろう事は想像に難く無い。


「ぎゃー! 痛い、痛い、痛い! 腕、折れる! ギブ、ギブ!」


 蓮の反応を見る限り、瑞希の想像通りのようだ。蓮はギブアップを意味するタップを必死の形相でしていた。


『うわ……』


 見事にハモった声が聞こえ、瑞希が振り向くと、祐太と真一が蓮を見つめて哀れみの表情を浮かべていた。


「今日は腕挫か……」


「あれ、腕、折れませんかね?」


「大丈夫じゃないか? 流石に手加減してんだろ。しっかし、今日は一段と綺麗に極ったな」


「確か、この間は絞め技でしたよね?」


「おう。蓮さん、落ちかけてたよな……。んで、その前は足極められたんだっけか?」


「はい。よしゃいいのに、あいつバカだから無駄に抵抗して……。玲君も今日ほど綺麗に極らなかったからか、ムキになってなかなか解かなかったんですよね」


「俺達は玲さんの餌食にならないように気を付けような……」


「はい……」


 祐太と真一は、玲に聞こえないようにボソボソと話していた。二人の会話を聞いていた瑞希は急に不安になった。何か失敗をした時の制裁を思わず想像してしまい、瑞希の顔から血の気が引いていく。


「そんな顔しなくて大丈夫よ。玲先輩は女の子には優しいから」


 瑞希が振り向くと、慧子が苦笑していた。


「それより皆さん。早く夕食食べてしまわないと、マロンさんから有難い罰を頂く事になりませんか?」


 慧子はパンパンと手を叩き、皆に聞こえるように少し大きめの声を出した。瑞希には慧子の言葉を聞いた男性陣四人の表情が一瞬引きつったように見え、小さく首をかしげた。


「……仕方ありませんね」


 玲はそう言うと、蓮から腕を離して立ち上がり、ズボンの裾を軽く払った。玲に解放された蓮は腕を押さえて蹲ったままだ。


「瑞希さん、お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。マロンさんに食事、温め直して貰いますね」


 玲は食器が乗ったプレートを二人分持って、カウンターへ歩いて行った。


「おら、とっとと立て! 夕飯にすんぞ!」


 真一は座り込んでいる蓮に軽く蹴りを入れていた。


「うう、真ちゃん。もっと優しくしてよ……」


 蓮はゆっくりと立ち上がるが、よっぽど痛かったのか、涙目で腕を擦っている。しかし、瑞希と目が合うと人懐こく笑った。


「あ~あ、玲ちゃんはいいな~。僕もこんなか可愛い女の子のパートナーが良かったな~。何で僕だけ男のパートナーなんだろ……。世の中、不公平だよな……」


 蓮はブツブツと独り言を言いながらカウンターへ向かった。


「俺だって……」


 真一は誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いたが、瑞希の耳にはその声が届いていた。真一は瑞希が見ている事に気が付くと、瑞希を睨み付けてカウンターへと向かった。

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