6月▼日 2
皆でジュースを飲みながら瑞希の持ってきたお見舞いのお菓子を食べ、たわいのない話をする。そんな幸せな光景に瑞希が目を細めていると、蓮が徐に口を開いた。
「ねえ、みんな」
瑞希だけでなく、その場全員の視線が蓮に集まる。蓮は全員の視線が自身に集まった事を確認すると、真面目な表情で先を続けた。
「廃ビルと真ちゃんの怪我の件、みんなに報告しておけって市田さんに言われてるから、少し良い?」
蓮の問い掛けに、皆が戸惑いつつも頷いた。
「まず、廃ビルの件ね。核が見つからなかった原因なんだけど――」
「あれは広田って女が作ってた空間じゃないんすか? 【影】自在に出してたじゃないすか」
裕太が腕を組み、さも当然という表情で言う。瑞希は居た堪れなくなって俯いた。
「それがね、ちょっと事情が違うみたいなんだ」
瑞希が蓮の言葉に驚いて顔を上げると、優しく笑っている蓮と目が合った。
「確かに、人為的に作られた心霊スポットだった。調査室で調べたら核が見つかったって」
「あんなに探しても見つからなかったのにですか?」
慧子が訝しげな表情をする。裕太もその隣で、慧子に同意とばかりに頷いていた。
「あそこの核、封印されてたって。しかも、不完全な形で」
「封印……」
瑞希がポツリと呟くと、蓮は大きく頷いた。
「そう。何に封印されていたかは聞いていないけど、札とか人形とかだろうね。で、僕らに見つからないように埋めるか何かしていたみたい。でもね、その封印は不完全だから影響は勿論出る。その結果、【影】が集まってきてあんな状態になったらしい」
「それだけじゃ、あの広田って女の仕業じゃないって証明にはならないっすよ?」
裕太が面白くなさそうに呟くと、蓮は苦笑して答えた。
「封印の術式がね、以前調査室に所属していた能力者が使っていたものだったんだって。その人、広田香織ちゃんのお母さんと同じ時期に行方を眩ませている。広田香織ちゃんがやっているより、その行方を眩ませた能力者がやったって方が説得力あると思うよ? 彼女も、核の封印とかは自分がやったんじゃないって否認してるみたいだし」
「でも、嘘吐いてる可能性も否定できませんよね?」
普段の穏やかな表情ではなく、突き放すような冷めた表情で玲が言った。裕太も玲に同意とばかりにうんうんと頷いている。
「取り調べにはマロンちゃんが同席してるから、嘘は吐けないと思うよ?」
「う……。た、確かに……」
裕太が嫌な事を聞いたとばかりに顔を顰めた。玲も苦虫を噛み潰したような表情をしている。裕太と玲の反応に、瑞希は首を捻った。
「あの、何でマロンさんが?」
「マロンの前で嘘が吐けないってどういう事?」
瑞希と真一が蓮に問い掛けると、蓮は首を捻ってからポンと手を叩いた。
「ああ、そっか。瑞希ちゃんと真ちゃんは知らないか。マロンちゃんの特殊能力。精神感応能力っていって、相手の考えている事が分かる能力持ってるんだよ。普段は意識して使ってないらしいけど」
「マロンさんが嘘は無いって判断したのなら本当の事なんでしょうね」
玲は溜め息交じりに言うと、手に持っていたレモンティーを一口飲んだ。
「マロンちゃんを騙せる人なんていないからね。で、話を元に戻すと、広田香織ちゃんが言うには、あの空間を作ったのは、その行方を眩ませた能力者だって。なんでも、彼女の能力の練習の為に、母親が作らせたらしいよ」
「練習の為とはいえ、よくあんな空間に足を踏み入れようと思いましたね、彼女」
慧子は無表情でそう言うと、クッキーを一枚頬張った。
「確かにね~。でも、仕方なかった部分もあるらしいよ。彼女の母親ね、昔から感情的になりやすい人だったんだって。小さいころからヒステリックに怒鳴られてたらさ、逆らおうなんて気力も湧かなくなるんじゃないかな~?」
「しかし、彼女、嬉々として私を操っていたように思いますけど?」
そう言った玲は、幽鬼の如き表情をしていた。その表情を見た蓮が苦笑する。
「玲ちゃん、抑えて、抑えて~。きっと、あれだったんだよ! 恋は盲目ってヤツ!」
「意味が分かりません」
玲はそう言うと、絶対零度の視線を蓮に向けた。
「好きな人を何としでも手に入れたい。そんな独占欲の塊になっていたって事ですね」
慧子はそう言うと、溜め息を吐いた。
「彼女、操っていると思っていた【影】に呑まれていたんですね」
慧子の発言に、蓮はこくこくと必死に頷く。玲は釈然としない表情をしながらも、足を組んで溜め息を吐いた。玲のそんな様子を見て、蓮はホッとしたようだった。
「でね、瑞希ちゃんを襲った理由なんだけど……」
瑞希はピクリと小さく身体を震わせると、不安そうに蓮を見た。蓮はそんな瑞希に微笑みかけた。
「お母さんに命令されただけだって。剣術が使える特待生がいるはずだから見つけて連れて来いって。彼女の母親、何故か能力者を集めているらしいよ」
蓮はそう言うと、瑞希の頭を軽くポンポンと叩いた。
「あと、真ちゃんの階段の転落は――」
「それは俺が説明する」
蓮の言葉を遮るように真一が口を開いた。全員の視線が一斉に真一へ移る。
「あの日、【影】の駆除をしてる最中、広田が現れたんだ。初めは肝試しに来たのかと思って話しかけた。そしたら、あいつ凄く驚いた表情をして。俺がいるの、全く気が付いてなかったみたいだった。んで、俺は俺で、こんな体質じゃん? 無駄に【影】が見えるせいで、あいつの後ろにいた――今考えると使役していた【影】が見えて……。とにかく、あいつをあそこから連れ出そうと思ったんだ。そしたら抵抗されて……。もみ合ったら階段踏み外して落ちた」
項垂れる真一の頭を玲が優しく撫でた。
「蓮さん、彼女の方は何と?」
「うん。大体同じ事。彼女の方は、能力者だってばれたと思って抵抗したらしい。んで、真ちゃんが大怪我して動かなかったから、怖くなって逃げたって」
「事故、じゃね?」
裕太がそう呟くと、真一は大きく頷いた。
「事故です」
「真ちゃんがそれで良いなら僕らは何も言う事は無いよ」
蓮は真一の肩にそっと手を置いた。真一は項垂れながら、小声で何かを呟いたようだった。瑞希の耳にははっきりとは届かなかったが、「心配かけてごめん」と謝ったようだと、真一や蓮の表情から感じ取った。
「でね、ここからが本題なんだけど……」
蓮が少し困ったような表情で全員を見回した。瑞希は首を傾げ、そんな蓮を見つめた。
「彼女の処遇。これが一番の問題でね~」
「確かにそうですね。自由にすれば母親と共に同じ事を繰り返しそうですし」
玲が顎に手を当て、考えるような仕草をした。
「そうなんだ~。市田さんもそれを一番心配しててね。じゃあどうするって話で、皆に相談なんだ」
蓮は一瞬躊躇った後、口を開いた。
「彼女、市田さんの息の掛かった人の監視、必要でしょ? でね、市田さんとしてはこのまま青嵐に通わせながら、寮で監視するのが良いんじゃないかって。マロンちゃんがいるから良からぬ事を考えていればすぐに分かるし、市田さんも動きやすいって」
『は?』
蓮を除いた全員の呆けた声が重なった。蓮は苦笑しながら話を続ける。
「全員で相談して決めろってさ~。僕、どっちでも良いんだけど、皆は?」
「俺、反対はしないっす。でも、監視代は請求しますよ」
裕太が大真面目な顔で言う。それを慧子が呆れた表情で見つめた。
「私もどちらでも。監視代なんて、バカな事言うつもりもありません」
そう言うと、慧子はジュースを一口飲んだ。
「俺も別にどっちでも良い。この怪我も事故だし」
真一はそう言うと、チラッと玲と瑞希を見た。
「たださ、今回の事で一番迷惑被ったの、玲君と蘇芳だろ? だったら、二人が決めるべきじゃないかって思う」
「確かに」
真一の意見に、蓮が腕組みをしながらうんうんと頷き、瑞希と玲を見つめた。
「玲ちゃんと瑞希ちゃんはどう? やっぱり嫌?」
「そうですねぇ……。彼女が、どのような扱いをされても恨まないと約束出来るなら、私は良いですよ?」
「玲ちゃん、サラッと怖い事言わないで~」
冷笑する玲に、蓮は顔を引きつらせた。
「ふふふ。冗談です。市田さんには市田さんの考えもあるのでしょうから、私はどちらでも良いですよ」
玲は蓮ににっこりと微笑んだ。蓮は安心したように小さく息を吐くと瑞希を見つめた。全員の視線が瑞希に集まる。
「私は……」
「瑞希ちゃん。もしも嫌だったら嫌って言っても良いんだ。市田さんが経営している学校は青嵐だけじゃないから、彼女を転校させるっていう手もある。青嵐が一番市田さんの目が届きやすいってだけなんだから、気を遣って我慢する必要は無いよ?」
「私、香織ちゃんの事、友達だって思っていたんです……」
「うん。分かってる。大事な友達だったんだよね?」
「でも、香織ちゃん、私の事……友達じゃないって……」
俯きながらそう言った瑞希の声は震えていた。そんな瑞希を気遣うように、蓮は瑞希の頭を優しく撫でた。
「そっか。ストレートに悪意を向けられたんだね」
「香織ちゃんの事、大好きだったのに……信じてたのに……なのに……」
瑞希の目から涙が零れ落ちた。
「瑞希ちゃん」
瑞希の様子を黙って見つめていた慧子が口を開いた。
「彼女ね、今、うちの神社にいるの。何故だか分かる?」
瑞希が俯いたまま首を横に振ると、慧子は話を続けた。
「【影】を使役する時、どうしても負の感情に呑まれそうになるの。それを克服する訓練を、【影】を使役する能力者は受けないと自滅するわ。彼女はそんな訓練を受けていなかった。だから、今、うちの神社でその訓練を受けているの。たぶん、瑞希ちゃんに悪意を向けた時、彼女は負の感情に呑まれていた。本心から言った言葉ではなかったと思う。もし、瑞希ちゃんが彼女の事を友達だと思っていたのなら、もう一度会って話をするべきだわ」
瑞希がゆるゆると顔を上げると、慧子は優しく瑞希に笑い掛けた。
「独りで行くのが不安だったら、蓮先輩が一緒に行ってくれるわよ、きっと」
慧子の発言につられるように瑞希が蓮へ視線を移すと、蓮は優しく笑いながら頷いた。
「酷な事を言っているのは分かっているの。でも、このままではダメ。彼女の本心をきちんと確かめないと、きっと瑞希ちゃんが後悔する事になるわ」
「でも……怖いです……」
「大丈夫よ。絶対大丈夫。保証するわ。私の勘、当たるの知ってるでしょ?」
慧子はそう言うと、悪戯っぽく笑った。瑞希は慧子の笑みを見て、無言で小さく頷いた。




