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6月■日 5

「瑞希ちゃん、渡してもらえます?」


 香織が場違いな明るい声で裕太に問い掛けた。そんな香織に裕太は眉を顰めた。


「渡せって言われて、俺が素直に渡すと?」


「あはは。やっぱりダメですか?」


 香織は苦笑し、肩を竦めた。


「先輩達に手荒な真似するつもりはなかったんですけどねぇ。私が欲しいのは白糸先輩と瑞希ちゃんだけだし、余計な事するなって言いつけられてるし。でも、邪魔するなら容赦しませんよ?」


「それはこっちの台詞だ」


 裕太はスッと目を細めると、香織を睨み付けた。そして、ゆっくりとした動作で懐から二丁の銃を取り出すと香織と玲へ向けた。


「あれれ? こんな所でそれ使ったら問題ありませんか?」


 香織は嘲笑を浮かべ、足を一歩踏み出そうとした。


「動くな。動けば撃つ。今日は親父が学校に来るってんで、虫の居所が悪いんだ。大怪我したくなかったら動くな」


 裕太は静かな口調で香織に言い放った。普段は感情的になる事が多い裕太だけに、こういう口調は逆に迫力がある。


「お父さんが来た、って。私に何の関係もなくないですか?」


 動けば本気で裕太が銃を使うだろう事を悟ったのか、香織は降参とばかりに両手を上げた。


「まあ、動かなければいいんですよね?」


 香織がそう言うと同時に、玲と裕太の間に【影】が出現した。


「なっ!」


「ふふふ。凄いでしょ? いくらでも出せますよ?」


 香織はそう言うと、驚きの声を上げた裕太へ自慢げに胸を張った。


「おい、慧子。札、あと何枚残ってる?」


「三枚」


「全部出せ」


「分かった」


 裕太は冷静に慧子へ指示を出た。慧子は裕太に言われた通り、制服のポケットから札を取り出し、霊力を込めて宙に放つ。


「あはは。あと三匹しかいないんだ!」


 香織は慧子が【影】を呼び出した様を見て笑った。その間にも次々と【影】が出現していく。


「おいおい。マジか……」


 裕太は香織の呼び出した【影】の多さに溜め息を吐いた。ここまで次から次へと【影】を出現させるとは思っていなかったらしい。


「慧子。出来るだけ時間稼げ」


「分かった」


 気を取り直した裕太が慧子に呟くように言うと、慧子はこくりと頷いた。裕太と慧子にばかり任せる訳にはいかなと、瑞希も警棒に霊力を込めて中段に構えた。


「あらら、瑞希ちゃん。あまり無理しない方が良いよ? 変な汗出てる」


 香織はそう言うと、にっこりと瑞希へ微笑み掛けた。瑞希は額に浮かぶ脂汗を袖で拭うと、そんな香織をひたと見据えた。


「お前はあんまり無理すんな。極力、慧子に任せろ」


「はい」


 玲から目を逸らさずに言った裕太に、瑞希は小さく頷いた。そして、気持ちを落ち着けるように呼吸を整える。


 口火を切ったのは裕太だった。右手に持つ銃の弾丸が一匹の【影】を塵に帰す。左手の銃は玲に向けたまま、右手の銃だけで次々と【影】を屠っていく。その立ち位置からは狙いにくい【影】に向かって、慧子が援護するように【影】をけしかけた。慧子の操る【影】が、香織が呼び出した【影】に喰らい付く。しかし、香織は涼しい顔で次々と【影】を出現させた。


「厄介だな……」


「そうね」


 吐き捨てるように言った裕太に、慧子も同意とばかりに頷いた。


「ほらほら! どんどん出しますよ? 瑞希ちゃんもさ、そんな所で突っ立てないで参加しなよ!」


 香織は笑みを深めると、立っているのも辛い瑞希の目の前に【影】を出現させた。瑞希を狙うというスタンスは変わっていないらしい。瑞希は痛みを堪え、目の前の【影】に警棒を振るった。しかし、その間に香織は次々と瑞希の間合いに【影】を出現させる。懸命に警棒を振るう瑞希だったが、如何せん痛みのせいで動きが鈍い。


「あんま離れんな! こっち来てろ!」


 裕太が叫ぶ。そして、瑞希の右斜め前に現れた【影】を撃ち抜いた。慧子も瑞希が孤立しないよう、【影】を駆使して瑞希を援護している。


「んも~! 邪魔しないで下さいよ!」


 香織は面白くなさそうに膨れっ面で抗議の声を上げた。そんな香織に、裕太は銃を向ける。


「ホント、いくらでも出せるみたいだな!」


「伊勢先輩! 香織ちゃんの事、撃たないで!」


 瑞希は反射的に叫び、裕太の右腕に飛びついた。


「お前なぁ! あいつがいる限り、際限なく【影】の相手しないといけないんだぞ!」


「でも……。香織ちゃんは私の友達なんです……」


 苛立った声を上げた裕太に、瑞希は力無く抗議した。しかし、裕太の右腕の力を押さえている力は緩めない。もし、力を緩めれば、裕太が確実に香織を撃つ事が分かっていたからだ。


「あはは! まだそんな事言ってるの? バカじゃない?」


 香織は腕を組み、そんな瑞希の言動を嘲った。


「あいつはお前の事、どうも思ってないみたいだけど?」


「でも……!」


 裕太が瑞希に抑えつけられている腕を強引に引き抜こうとした。しかし、瑞希はさらに力を込めて抑える。


「あんたがこいつらに喰われれば終わらせてあげるって!」


 香織はそう言うと笑みを深めた。新たな【影】が瑞希と裕太を取り囲む。


「いい加減にしろ! 離せ! それとも、お前、あいつの言う通り【影】に喰われてやるつもりか!」


 裕太は渾身の力で、瑞希に抑えつけられていた腕を引き抜くと、取り囲む【影】を次々と打ち抜いた。


「……分かりました」


「あ?」


「私が止めます。伊勢先輩、援護、お願いします……」


「あ? お、おい! 待て!」


 裕太の制止を振り切り、瑞希は玲の後ろにいる香織に向かって走り出した。脇腹に走る痛みにぎりっと歯を食いしばって堪える。【影】が瑞希の目の前に出現するも、何とかそれを警棒で薙ぎ払った。玲の横を走り抜ける瞬間、玲の重心が僅かに動いた。


「クソッ!」


 裕太は叫ぶと、玲の足元へ銃を撃った。瑞希を狙う玲の動きが止まる。


「動くなっつってんだろ! 次は当てるぞ!」


 穏やかに裕太を見つめる玲に、裕太は鋭い視線を向けた。


「ちょ、ちょっと! 何を――」


 眼前に瑞希が迫り、焦りの声を上げた香織。瑞希は警棒でその鳩尾に突きを入れた。勿論、香織に怪我をさせないように加減をした一撃だったが、それでも香織を戦闘不能にするには十分だった。瑞希は蹲る香織との間合いを取り、玲の動きを警戒し、警棒を構えなおした。


「げほ……! 白糸先輩……そいつらを……始末、して……げほ、げほ!」


 香織が咳込みながら不穏な事を言う。その声に反応するように、玲が動いた。


「なっ……!」


 驚きの声を上げたのは裕太だった。一瞬にして眼前に玲が現れたように見えたのだ。裕太が銃を構えるより早く、玲の蹴りが裕太の鳩尾を捉える。その瞬間、裕太は避けようと後ろに跳んだようだったが、一瞬遅かった。玲の重い蹴りの威力を殺す事が出来ず、床に転がる。


「裕太!」


 慧子の悲痛な叫びに反応するように裕太がもがくが、激しく咳込み、立ち上がれない。玲がゆっくりと慧子に視線を移した。慧子の操る【影】が、慧子自身を守るように玲との間に入った。


「……どうして?」


 瑞希は呆然と呟いた。香織が集中を途切れさせれば戦いは終わると瑞希は思っていた。現に、新たな【影】は現れず、香織は瑞希の傍で蹲って咳込んでいる。


 瑞希の声に反応するように玲の視線が瑞希に移った。瑞希は警棒を握り締めると、中段に構えて玲を見据えた。間合いを詰めようとする玲に、瑞希はじりじりと円を描くように距離を取る。先程、玲と戦った時、瑞希は玲との相性の悪さを痛感していた。どうしても太刀筋が単調になりがちな瑞希の剣術では、玲のステップで避けられてしまう。剣が避けられない間合いは玲の間合いでもある。玲相手に懐に入るのは、瑞希にとっては背水の陣だ。


 玲が一気に瑞希との間合いを詰めた。霊力が込めてある玲の手刀も十分凶器になり得る。華奢な瑞希の骨を砕く事など容易だろう。玲はその手刀で瑞希の首筋を狙っていた。


「瑞希ちゃん!」


 叫んだ慧子が、反射的に瑞希と玲の元へ向かうも、玲は既に瑞希の眼前にいた。淡く光る玲の手刀が瑞希に向かう。


「っ!」


 瑞希は小さく呻き、玲の手刀を警棒で受け止めた。弱い静電気のような感触が手に走るが、そんな些細な事は気にしていられない。死角から放たれた蹴りを、空気の動きを頼りに警棒で止める。


「つっ!」


 予想以上の思い蹴りに、瑞希は思わず警棒を取り落しそうになった。一瞬の隙をついて、玲が瑞希の鳩尾に手刀を入れようとする。瑞希の目には、その光景がスローモーションのように映っていた。

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