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6月■日 3

 いったい、何匹の【影】を駆除しただろうか。警棒を握り締める瑞希の手には汗が滲んでいた。


「あんた、ほんっと往生際悪いよね!」


 香織はなかなか思い通りにならない苛立ちから、ヒステリックに喚き立てた。その顔からは嘲笑は消え、余裕のない表情をしている。


「香織ちゃん、もうやめよう?」


「煩い!」


 香織は問い掛ける瑞希を睨み付けると、新たに【影】を出現させた。しかし、これらの【影】も、瑞希の間合いに入った瞬間、他の【影】と同様の運命を辿り、光の粒子になって消え失せた。


「もう! 何なのよ、あんた!」


 香織は叫びながら新たな【影】を次々と呼び出すが、それらも結果は変わらない。


「いい加減にしてよ! 早く諦めなさいよ!」


 そう叫んだ香織の顔には焦りの色が浮かんでいた。一方、瑞希は大きく深呼吸をし、出来る限り気持ちを落ち着けた。


――香織ちゃんさえ取り押さえられれば……。


 瑞希は香織に向かって走り出した。手荒な事はしたくなかったが、香織が【影】を呼び出している以上、取り押さえなくては状況は変わらない。苦渋の決断だった。


「なっ!」


 香織は瑞希の予想外の行動に目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。瑞希が自分を狙うはずが無いと高を括っていたのだ。香織は慌てて瑞希の進路に【影】を出現させたが、瑞希はそれを警棒で一薙ぎし、逃げようと一歩踏み出した香織に追い縋ろうとした。


 すると突然、何の前触れも無く、瑞希の脇の本棚の影から人影が現れた。自分の間合いでもあるその場所に人がいる気配を感じ取れていなかった瑞希は、驚いて足を止め、咄嗟に人影に向かって警棒を構えた。


「……白糸先輩?」


 先に帰っているはずの玲の姿を確認した瑞希は、一瞬驚いたように目を見開いた。しかし、いつも通りの玲の優しそうな微笑みを見て安堵の息を漏らし、香織へ視線を移そうとした。


――あれ? でも、ずっとそこで見てたの? 気配殺して……?


 玲の不可解な行動に瑞希は眉を顰め、再び玲へ視線を向けた。瞬間、玲の足が動いた。


「くっ!」


 玲のつま先が瑞希の左脇腹をかすめ、瑞希は床に転がった。玲の足が動いた瞬間、瑞希は咄嗟に後ろに飛んでいたが、玲の蹴りを避けるには一瞬遅かった。致命的なダメージではなかったが、それでも一瞬息が止まる。


 瑞希は玲の蹴りが入った左脇腹を押さえながら立ち上がった。そんな瑞希を、玲はいつもの優しげな表情で見つめている。


「凄い! 凄い!」


 香織は拍手をしながら瑞希に笑い掛けた。その笑みは普段の香織の笑みに近い、無邪気なものだった。


「正直、後ろに飛ぶとは思わなかったよ! 瑞希ちゃん、反射神経良過ぎ!」


「何、で……?」


 瑞希は呆然としながら呟いた。玲の行動が理解出来ない。無邪気に笑う香織と穏やかに微笑む玲の顔を交互に見やる。


「白糸先輩がいてくれるだけで私、何でも出来る気がしたからさぁ、本当は見守っていてもらうだけのつもりだったんだ。でも、この際、仕方ないよね?」


 そう言った香織が嘲笑を浮かべながら瑞希を指差した。すると、玲がゆったりとした歩調で瑞希へ向かってきた。


「え? 白糸先輩? ちょ、ちょっと待って下さい!」


「…………」


「勿論、待つわけないじゃん!」


 香織が無言の玲の代弁をするように答えると、玲は瑞希に拳を放った。間一髪、瑞希は身を捻ってその拳を躱す。玲は尚も瑞希に追い縋り、上段蹴りを放った。それも横に跳んで躱した瑞希は、体勢を整えると、玲に向かって警棒を構えた。


「あははは。いくら霊力込めて無くても、それで殴られたら痛いんじゃない? 私の白糸先輩に怪我、させないでよ?」


 瑞希は香織の言葉を無視すると、苦し紛れに警棒を振り下ろした。勿論、玲にそれが当たるとは思っていない。案の定、玲は軽いステップで警棒を避けると、すかさず警棒を持つ瑞希の手を狙って手刀を放った。瑞希はそれを警棒で受け止めると、そこを支点にして玲の横に回り込む。そして、大きく後ろに跳んで玲との間合いを取った。


「流石にやるわね。お家が剣術道場とか似合わないと思ってたけど、そうしてると女流剣士ってカンジだよ! カッコイイ! あははは!」


 香織は心底可笑しそうに、ケタケタと笑った。


 玲は一気に瑞希との間合いを詰めると、瑞希の頭部めがけて拳を放った。倒れ込むようにして避けた瑞希は床を転がる。そして、立ち上がろうとした瑞希の背後に突如、【影】が出現した。香織が出したものらしく、香織の顔には深い笑みが刻まれていた。


「なっ!」


 一瞬戸惑った瑞希だったが、咄嗟に警棒に霊力を込めると【影】を薙ぎ払った。


「瑞希ちゃん。白糸先輩と戦ってるのに、隙作ったらダメだよ? あ、私のせいか! あはははは!」


 香織が勝ち誇ったように笑い声をあげる。その声に反応するように、警棒を持つ瑞希の腕を狙って玲が蹴りを放った。その瞬間、第二図書室の扉が勢いよく開いた。

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